梅田 紘一 | アカデミー

KOICHI UMEDA

梅田 紘一

生年月日 1987/5/30
出身地 和歌山県
略歴 近畿大学付属和歌山高等学校筑波大学

梅田 紘一物語

 2022年11月から、梅田紘一は東芝ブレイブルーパス東京のスタッフに名を連ねる。
「それまでは日本協会でセブンズのコーチをやっていまして、ヘッドコーチ代行を任されていました。その仕事が22年8月末でいったん終わりまして、高木さんにご連絡をしたんです」
 東芝ブレイブルーパス東京からセブンズ日本代表に選手を出してもらう際に、連絡の窓口となるのがチームディレクターの高木貴裕だった。筑波大学の1学年先輩でもある。退任を伝えるのは自然なことだったのだろう。
「いままでありがとうございました、という意味でお電話をしました。その二日後ぐらいに『ウチでどう?』と、声をかけていただきました」
 人生の節目で、梅田の気持ちは絡み合う。心のなかでずっと温めてきた仕事があるのだ。
「親が教員をやっていて、僕自身も大学生当時から教員になりたかったのです。筑波大学には一般受験で入学して、ラグビーをやりながら数学と理科の教員免許を取りました」

 大学卒業後は豊田自動織機シャトルズ愛知に加入し、キャプテンも務めた。16年に退社すると、真っ先に教職の道を探った。
「現役を辞めたあとで、筑波大学の監督に挨拶に行きました。『先生になりたいのですが、どこかにご縁がないでしょうか』と相談をしたんです。先生は日本協会が人材を探していると教えてくださり、幸運にもセブンズに関わる仕事が始まりました。ユースアカデミーという高校生年代からスタートして、代表チームのコーチに入れてもらい、東京五輪やセブンズのW杯も経験させてもらいました。ホントに出会いに恵まれてきたと思っています」
 22年8月末にセブンズ日本代表の監督代行が終わったときも、教師になりたいとの思いが沸き上がった。長年の夢へ向かって踏み出すか。高木からの誘いを受けるか。どちらも魅力的なだけに、梅田の心は揺れた。
「かなり悩みましたが、外から見ていた東芝ブレイブルーパス東京は、すごくいいチームであるだけでなく、いい人間が集まる集団というイメージがありました。そういうチームから声をかけていただいたのは光栄ですし、自分もそういうところへ入って勉強できたら幸せだな、と思いました。実際にチームに入ってみると、想像していたとおりでした。選手たちは練習熱心で、ホントにいい人間が集まっています」
 実は現在も、セブンズのコーチは続けている。ユースアカデミーのディレクターを拝命しているのだ。スポーツ界のキラーワードを使えば、「二刀流」という感じだろうか。
「基本的には東芝ブレイブルーパス東京で、仕事をしています。ユースアカデミーの合宿があるときは、そちらへ行っています」

 東芝ブレイブルーパス東京ではアカデミーに携わっている。ルーパス塾で指導にあたり、方向性を議論したりもする。
「セブンズのコーチでは高校生、大学生、社会人が相手でした。対象年齢が一気に小学生まで下がって、こちらの想定とか前提が通用しない部分があります。高校生や大人に教えている感じで接すると、子どもたちに『うん?』という顔をされます。大人向けの指導よりもかみ砕いて伝えるべきですが、かみ砕いて言葉が多くなると、それもまた分かりにくい。動きで見せるとか、映像を使うとか、小学生にどのようにアプローチしたらいいのかは、日々勉強中です」
 小学生たちのひたむきさに、刺激を受けている。ラグビーの、スポーツの、本質に目覚めさせてくれるのだ。
「セブンズ日本代表といった大人のチームは、やはり結果が求められます。ラグビーを純粋に楽しむことが、難しくなるのが現実だと思います。それに対して小学生たちは、純粋にうまくなりたいという気持ちでプレーしている。そういう姿を見られるので、僕自身も楽しいですね。代表選手たちもラグビーが好きで、楽しくやっているのはもちろんですが、小学生は純粋に楽しむことができていていいなあ、と思うところはあります」
その一方で、結果が問われる環境にも気持ちを鼓舞される。1月にはU18世代のフィジー遠征に帯同した。
「海外での経験で得たものを、ルーパス塾でも伝えていけたらと思っています。ルーパス塾とセブンズは、まったく違う現場なので面白いですし、ホントに勉強になります。指導者としての幅を、広げることができています」

 梅田は87年5月生まれの35歳だ。どんな未来図も描くことができる。
「コーチングは続けていきたいですし、国際舞台で日の丸を背負って戦うのも貴重な経験です。東芝ブレイブルーパス東京のようなリーグワンのチームでのコーチングも、なかなかできることではありません。いまの仕事には充実感を覚えていますが、もしまた転機がきたら、そのときにどうすべきかを考えたいと思います」
 教員になる夢も、諦めたわけではない。頭の片隅で、大切に温めている。
 5年後、10年後の自分について、はっきりしていることがあるならば──日本ラグビーの「これから」へ、種を蒔いているということだ。

(文中敬称略)
(ライター:戸塚啓)

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