【道標Vol.9】神田 直樹

ブレイブルーパスOBの神田直樹さんは、狂乱物価や総需要抑制など、1973年末からのオイルショックで日本経済が大打撃を受ける1975年の春に入社した。
会社には逆風が吹いていたけれど、ラグビー部には中村賢治(早大)、田仲隆(日大)ら大学から4名、高校から8名と、それまでにない補強が始まった黎明期といえる年(前年、大卒1号選手が入社・入部)。神田さんは、「そんな中に紛れ込んだ」と当時を思い出す。
福岡・城南高校でラグビーを始め、立教大学を経て府中工場へやってきた。フロントローとして鍛えられた。
ブレイブルーパスがリーグワンを制した2023-24シーズンは、都内での試合すべてに足を運んで応援し、遠方で行われたものはテレビ観戦。「はらはらする展開が多く、楽しめました。その際たるものが決勝で、最後はみんなで抱き合って喜びました」と相好を崩す。
昔の仲間や妻と観戦に出かけた。
ラグビーの攻防のスタイルが自分たちの時代と大きく変わっても、ブレイブルーパスの真ん中を、「育てる」方針が貫いていると感じられることが嬉しい。
「学生時代は無名だったとしても、しっかり育て上げ、日本代表でプレーできるまで育てる。そんな空気は私たちの時代からあったし、いまも残っているように感じます」
その下地は昔からの企業風土であり、ラグビー部に継承され続けているものでもある。「一人ひとりにチャンスを与える」文化は伝統。「私の時代にも、陸上競技や柔道から転向してラグビーに取り組んだ選手がいました」と回想する。
40数年前の秩父宮ラグビー場での試合で、ルールをよく理解していない選手が、ラインアウトスローワーにタックルしたシーンを覚えている。
「恥ずかしかったですよ。でも、そこに魅力があるチーム。スマートでなくていい。猛々しく、力強く、泥臭い。そんなラグビーをつないで勝っていってほしい。応援している人たちは、皆さん、同じ気持ちだと思います」

神田さんは、「自分自身目立ったプレーヤーでもなく、後輩に引っ張ってもらい、そして、育ててもらった」と当時を懐かしむ。
「社会人大会ベスト4へあと一歩と迫る試合に出場することができました。自分が歩んできた道とは違う、高いステージでラグビーをやらせてもらい、本当にありがたい想いでした」
それまで経験したことがなかったレベルへ挑むチャンスをもらえて新たな力が出たし、夢中になれた。しっかり仕事をした後にグラウンドに出るタフな毎日も、自分の可能性を試してみたかったから充実していた。
他競技から転向した選手たちが力を伸ばすカルチャーが引き継がれているのは、チャンスを与えられた人間に生まれる力を知っている人たちが、いつもチームの中枢にいるからだ。
神田さんは29歳で引退した後も府中で働き、「煙たがられながらも1年ほどラグビー部の寮に居候していた」と笑う。
府中工場では三つの生産部門を経験。入社から18年目のパワーエレクトロニクス生産課長時代に志願し、「塀の外(本社)へ転出しました」。
「いろんなことにチャンスを与えてくれる会社です。府中工場を出て仕事をしてみたいと上司に伝えた時も、他に行っても頑張れ、いろんなことを変えてこい、と。いつも、手を挙げれば機会を与えてくれました」
本社では企画を中心に、多岐にわたる仕事をした。電機事業本部、情報・社会システム社、社会インフラシステム社、電力・社会システム社で事業企画部長、戦略推進室長と、関係会社部長に就く。東芝インターナショナル米国社の取締役として業務を援助し、東芝ブラジル社、中国現地法人など多くの海外事業にも関わった。
本社で12年を過ごした後も関連企業で要職に就き、2022年度に48年間の会社勤めを終えた。
若い時、上司に言われた。組織力を高いレベルで維持、成長させるには「仕組みを変えることが大事」と。
「上っ面ではいけない。現象面だけを見て表面上のものを変えるのではなく、本質を見極めて、仕組みから変えていかないといけない、と」
その言葉を肝に銘じて生きた。

人から学んで自分のスタイルを作った。
「同時通訳者として活躍する長井鞠子さんは、準備と努力は裏切らないと言います。国際シーンで政治家の通訳を務める際は、事前に、使われそうなキーワードを調べて単語帳を作って当日に備えるそうです。いくつになっても、丁寧に準備する。そういうことが大事なのは、仕事でもラグビーでも同じでしょう」
「勝ちて和す」の言葉も好きだ。
「ラグビーでも仕事でも負けや失敗から学ぶものもありますが、やはり勝った方がコミュニケーションも増えるし、輪も広がる、和ができる。成功体験は大事。それは、ブレイブルーパスが優勝するまでのシーズンを見ていても感じました」
その考えは、かつて東芝社長・会長、日本ラグビー協会会長を歴任された岡村正さんが、日本経済新聞の『私の履歴書』の中で座右の銘として紹介していたものでもある。
豊かな個性と鋭い牙を持つ狼たちが群れるのではなく、太い絆で結びついている集団でいてほしい。
(文中敬称略)
(ライター:田村 一博)

【連載企画】東芝ブレイブルーパス東京 「道標」
・「道標」一覧はこちら