【物語りVol.102】SH 田中 元珠

 

 「逆輸入選手」と呼ばれる経歴の持ち主だ。
 田中元珠は中学を卒業後、ニュージーランドへ留学した。彼にとって、あらかじめ決めていた人生のルートだった。
「小さい頃から留学したい気持ちがありました。お父さんがオーストラリア、お母さんがカナダで生活していたことがあって、自分も海外へ行きたい、もっと外の世界を見たい、知りたいという気持ちがあって。行き先としてはオーストラリアも考えたんですが、ラグビーをやるならやっぱりニュージーランドっていうのが自分のなかであって」
 中学を卒業したばかりの少年が、家族と離れて生活する。それも、異国の地で。幼少期から英語には馴染んでおり、コミュニケーションへの不安はなかったとはいえ、心がやせ細ってもおかしくなかったはずだ。
「家族と離れてひとりで生活をしていくので、精神的なアップダウンはもちろんありました。けれど、英語が喋れるしラグビーがあるから、すぐに友だちができて、仲良くなれました。僕はホームステイじゃなくて寮に入っていたんですが、みんなが家族みたいに接してくれて。すごくフレンドリーなんです」
 オールブラックスの選手も輩出しているオタゴボーイズ高校では、1年、2年とセカンドチームでプレーした。チャンスの気配を探ってハードワークしていると、3年時に転機が訪れる。
 ハイランダーズU18にピックアップされ、さらにオタゴU18にも選ばれた。ハイランダーズとオタゴの年齢別チームには、オタゴ大学へ進学した翌年以降も招集されていく。ハイランダーズの主軸だったオールブラックスのアーロン・スミスと出会い、同じスクラムハーフの視点からアドバイスを得ることもできた。
 そうしたステップアップの過程は、パンデミックの日々と重なる。新型コロナウイルスの感染拡大を抑え込むため、ニュージーランドは国全体で厳格なロックダウンを実施したのだった。
「コロナ禍はメチャクチャ大変でしたね……。ニュージーランドでは警戒レベルが1から4まであって、スーパーマーケットさえ行けないこともありました」
 オタゴ大学への進学とともに、田中は寮ではなくホームステイをしていた。期せずしてその選択が、ラグビー選手としての彼を救うこととなる。
「ホームステイ先が、ハイランダーズのマスコットキャラの人のお家だったんです。高校1年から3年まで一緒にトレーニングをしていたチームメイトのお父さんで、僕を息子のように可愛がってくれていたんです。で、ホームステイも勧めてくれて。その人はS&Cもやっていたんです。おかげで、コロナ禍でもトレーニングを継続して、身体のメンテナンスができました」
 21年には成長を大きく促す機会を得る。日本代表の姫野和樹がハイランダーズの一員となり、通訳を務めることになったのだ。
「それはもう、学びしかなかったですね。姫野さんにはたくさんのことを教えていただきました。同じハイランダーズにいたアーロン・スミスはその前から知っていて、彼の練習に取り組む姿勢とか準備とか、そういうものも全部見ることができたので。オフシーズンにはアーロンの家へ行ってトレーニングをやっていたので、そういうところは自分のためになったかなあと。だから、いまがあるかなあと」

 姫野の通訳を終えると、21年夏に日野レッドドルフィンズに加入した。22年シーズンは2試合、22―23年シーズンは1試合に出場し、23年6月に退団が発表された。それからおよそ4か月後、東芝ブレイブルーパス東京の一員となった。
「日野で仲の良かった選手はトントンと契約が決まった感じですけれど、僕はなかなか決まらなくて。6月から10月までの数か月は、精神的に苦しんだというか、これがプロなんだな、甘くはないんだな、と。途中で諦めていたら、いまここにはいなかったかもしれない、と思います」
 そう言って田中は、東芝ブレイブルーパス東京のチームスタッフの名前をあげた。本人たちはその場にいないのに、「すごく感謝しています」と頭を下げた。
「加入できるかどうかの最後の最後のミーティングで、GMの薫田さん、チームディレクターの高木さん、僕のエージェントと4人で話をしました。そこで薫田GMから、『目標に向かってどうやって進んでいくべきか、細かいところを大事にしなければいけない。そこを明確にしないと叶わないよ』と教えていただいて、ものすごく胸に響きました。明確にしないとこのチームではやっていけないし、プロとして自分を磨いていかないといけないと、強く思いました」
 東芝ブレイブルーパス東京での日々を語る表情には、はっきりとした充実感が浮かぶ。望んでいた環境に身を置いている現実が、22歳を圧倒的なまでに刺激する。
「東芝ブレイブルーパス東京は、すごくレベルが高いです。一人ひとりのスタンダードが高くて、ホントにプロフェッショナルです。リッチー・モウンガと話していて、『準備のところとベーシックスキルをどう完璧にしていくのかが大事だよ』と言われたときに、これどこかで聞いたことがあるなと思って。そうだ、姫野さんもアーロンもそう言っていたと。やっぱり、そこなんだよなあと」
 彼らが言う「準備」とは、練習前の時間にとどまらない。ラグビー選手としての日常の、あらゆる場面を指している。
「練習のための練習にならないようにしていて、練習前後や練習中も大事ですけれど、睡眠や栄養、身体の治療とかメンテナンスも大事にしています。それから、小川さんをはじめとした9番の選手たちに、『こうなったときにどうしてますか?』と聞いて知識を高めることも、準備のひとつですね」

 スクラムハーフのポジションでは、経験豊富な小川高廣を筆頭に高橋昂平、杉山優平がしのぎを削っている。「みなさん、レベルが高いですよ」と、田中は頬を緩ませる。
「小川さんは日本代表もサンウルブズも経験していて、学べることがたくさんあります。すごく見てくれている。全員がライバルですけれど、一緒にレベルアップしていく仲間でもあります。たくさんの学びがありますし、ホントに感謝の気持ちしかないです」
 ニュージーランドへ渡った当時は、現地で州代表に選ばれ、スーパーラグビーの舞台に立ちたいと考えていた。「目標がすごく変わりました」と笑うが、ずっと育んできた思いもある。
 日本代表になる、というものだ。
「ただ選ばれるだけ、1キャップとるだけじゃなく、アーロンのように世界的に注目される選手になりたいんです。そのためにまずは、東芝ブレイブルーパス東京で試合に出られるレベルにならないと。時間がかかってもいいので、胸を張って日本を背負うと言えるようになりたいです。そのためにもやっぱり、準備のところが大事なんですよね」
 東芝ブレイブルーパス東京のクラブハウスで過ごす田中は、府中の練習グラウンドで汗を流す田中は、ありのままの自分でいられるのだろう。背伸びをすることなく、不安を溜め込むこともなく、ガムシャラな情熱が彼を衝き動かすのだ。
「グラウンドから、クラブハウスから離れても、結局はラグビーのことで頭がいっぱいになっちゃって。でも、そういう環境にいられるのが、ホントに幸せなんです」

(文中敬称略)
(ライター:戸塚啓)


【連載企画】東芝ブレイブルーパス東京 「物語り」
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【試合情報】
4/14(日)はホストゲームとして、秩父宮ラグビー場にてコベルコ神戸スティーラーズと対決します!
ここまで10勝1敗と勢いに乗っています!この勢いのままにプレーオフに向け勝利を重ねていきますので、ぜひ皆様のご声援をよろしくお願いいたします。

4/14(日) vs コベルコ神戸スティーラーズ(@秩父宮ラグビー場)

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