【物語りVol.144】小川高廣 はるかなる旅路の途中で(前編)

■100キャップ達成の日に左膝に大ケガを
2024年1月27日は、あなたにとってどんな一日だっただろうか。すぐに思い出すことができるのなら、何かしら特別な出来事があったに違いない。とくに記憶に残っていないのなら、きっとごく普通の一日を過ごしたのだろう。
小川高廣にとっての24年1月27日は、大きな達成感を得ることのできた一日であり、それまで経験したことのない闘いの始まりを宣告された一日でもあった。
豊田スタジアムでトヨタVとのリーグワン第6節に臨んだその日、小川はトップリーグから通算100キャップを達成した。1948年創部の歴史を持つ東芝ブレイブルーパス東京において、トップリーグとリーグワンの通算出場数が100を超えるのはわずかに11人である。現役選手ではリーチ マイケル、三上正貴に次いで3人目だ。偉業と言っていい。
30分には自らトライを決め、チームを勢いに乗せる。しかし、67分でグラウンドをあとにした。左足のケガが理由だった。
「ドクターがグラウンドの中へ入ってきて、『これは……』という反応だったんです。『ああっ、終わったわ』と思いました」
左膝の前十字靭帯と、内側靱帯を断裂する大ケガを負った。トヨタV戦の4日後には、入院先の病院で手術を受けた。
「内側靭帯は、1週間か2週間以内に手術をする必要があると。まずはそっちの処置をしました」
次のリーグ戦は、2月24日の横浜E戦だった。東芝ブレイブルーパス東京のホストゲームで、試合後には小川の100キャップ達成を祝うセレモニーが開かれた。
「その1週間後の3月1日が、2回目のオペでした。オペ後に全治9か月と言われて、術後の経過が順調なら24-25シーズンの開幕前には何とか復帰できる、と。そこで一度、気持ちにスイッチが入りました」
1度目の手術後から、すぐに筋トレを始めていた。手術を必要とするような大きなケガをしたことがなかったので、自分がそれまでやってこなかったことをやるチャンスにしよう、と前向きにとらえることもできていた。

■待ち望んだその瞬間に感じた「悔しさ」
小川が戦列を離れたものの、チームは快調に白星を重ねていった。レギュラーシーズン2位で2シーズンぶりのプレーオフトーナメント出場を勝ち取ると、決勝戦で埼玉WKとの激闘を制す。
表彰式後の記念撮影では、K9と呼ばれる試合メンバー外選手やチームスタッフ、フロントスタッフもグラウンド上で喜びを分かち合った。14シーズンぶりの笑顔が弾けたその場所には、もちろん小川の姿もあった。
小川がチームの一員となった13年以降の東芝ブレイブルーパス東京は、リーグ内のプレゼンスを徐々に後退させていた。トップリーグ最多タイの優勝5度を誇る名門が、2ケタ順位に沈むこともあった。
自分が入ってから弱くなったままでは、絶対に終われない。
このまま引退なんて、ありえない。
オレが何とかしないと──。
他チームから誘いを受けたこともあったが、移籍をするなんて考えられなかった。
こんな順位で終わるメンバーじゃない。
ホントにいいチームなので、何とかしなきゃいけない──。
19年のトッド・ブラックアダーHC就任とともに、小川は德永祥尭と共同キャプテンに指名された。チームの結果に対する責任を、それまで以上に感じるようになった。23-24シーズンにリーチ マイケルが主将に復帰しても、リーダーのひとりとしてチームを支えていった。
加入以来ずっと待ち望んだ景色が、目の前に広がっている。
ついに、ついに、日本一になることができた。
ところが、小川の心は晴れわたっていない。うっすらと雲がかかっている。
「日本一になったぞっていう爆発的な歓喜みたいなものは、正直なかったですね。チームが勝てば勝つほど、自分の気持ちとチームが切り離されていく感じがすごくあって……日本一になったのはもちろん嬉しいけれど、悔しい気持ちが強かったですね」
東芝ブレイブルーパス東京の復活を告げるタイトルを、みんなでつかみ取る。ただその一心に衝き動かされ、毎日の練習で1分、1秒までこだわってきた。どんな場面でもチームに熱意を吹き込み、「自信を持って戦おう、自信を持ってやればできる」とのメッセージを発信してきた。
本来なら、随喜の涙が溢れてもおかしくなかった。
それなのに、小川は韜晦した表情を浮かべたのだった。
「何て言ったらいいのかなあ……それまでリーダーもやってきて、チームから必要としてもらっているという感覚が、正直に言ってありました。自分自身も中心選手としてやらなきゃという気持ちでいたんですけど、自分がいなくなって優勝した。『あれっ、オレ、いらなくねっ?』みたいに思っちゃって。それぐらいまで、考えちゃいましたね」
14シーズンぶりの優勝を決めた夜は、府中市内で盛大な祝勝会が開かれた。小川は自らの複雑な胸中を誰にも明かすことなく、左膝を気にしながらチームメイトと祝杯を重ねたのだった。
(文中敬称略)
(ライター:戸塚啓)

【連載企画】東芝ブレイブルーパス東京 「物語り」
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次戦のホストゲームは、4/12(土)に秩父宮ラグビー場にて、静岡ブルーレヴズと対戦します。
第5節で黒星を喫した相手となり、注目の一戦です!
是非会場で皆さまの熱いご声援をよろしくお願いします!!