【物語りVol.156】 ジョシュア・シムズ FWコーチ

シムジーことジョシュア・シムズのコーチング歴は、15歳からスタートする。自身はラグビーをやりながら、子どもたちにクリケットを教えていた。
選手としてのキャリアには、25歳でピリオドが打たれた。「首の骨を折ってしまったのが理由でね」と、生命を脅かされなかったかもしれないケガを、ランチのメニューを明かすような気軽さで振り返る。
「いやいやっ、そこまでひどくはなかったんだ。ただ、決していい選手ではなかったから、ケガをきっかけにコーチになることにしたんだよ」と、こちらの驚きを察したように細くする。物語を朗読するような語り口は、母国ニュージーランドで地理の教師を、東南アジアのタイで英語教師をしていたからかもしれない。
コーチとしての「最初のボス」に、ジョー・シュミットをあげる。アイルランド代表HC、オールブラックスACを務め、現在はオーストラリア代表HCを務める名将は、シムジーと同じく教員の顔を持つ。ふたりはNPCのベイ・オブ・プレンティというチームで出会い、シムジーは大きな影響を受けたのだった。
高校で教鞭をふるいながらラグビーのコーチを務めていき、NPCのホークスベイでフルタイムのプロコーチとなる。チームには現GR東葛のアッシュ・ディクソンがいた。
「5年間にわたって素晴らしいコーチ陣と選手たちと仕事をして、NPCで優勝するなど勝ち続けることができた。クラブの文化を作ることができました。とても楽しい時期でしたね」
22年から23年にかけては、アメリカ・メジャーリーグラグビーのオールドグローリーDCのHCを務めた。カンファレンスの下位に沈んでいたチームを浮上させ、コーチ・オブ・ザ・イヤーに選出された。
就任1年でチームをドラスティックに変えた実績を評価され、23年からはイタリアのゼブレ・パルマへ向かう。FWコーチの職を担った。
そして24-25シーズンから、東芝ブレイブルーパス東京のFWコーチとなる。日本で仕事をするのは、今回が初めてだ。

「DFコーチのタイ・リーバと、オークランドで一緒に仕事をしたことがあります。彼から『コーチのポジションがあるかも』という話を聞いて、GMの薫田さん、チームディレクターの高木さんとミーティングをしました。アメリカ、イタリアでは妻と4人の子どもと一緒に生活をしていたのですが、娘が病気になったのでニュージーランドへ帰国したという経緯もありました。娘の病状を見守っていたのですが、少しずつ良くなってきたので、ここで仕事をすることに決めました」
24-25シーズンを前にしたシムジーのスタッフ入りにあたり、薫田真広GMは「23-24シーズンはスクラムからの失点が多かったので、スクラムをしっかりコントロールすることも重要なミッション」と期待を口にした。トディことトッド・ブラックアダーHCも、「スクラム、ラインアウトはより良くしていくべき部分」と話していた。
チャンピオンチームをさらに進化させるタスクを背負い、シムジーは東芝ブレイブルーパス東京に加わった。「もちろん大変です。簡単なことではありません」と両手を大きく広げる。「でも、それは自然なことです」とも話す。力みのない言葉が、仕事に向き合うスタンスを表わす。等身大なのだ。
「ゼブレでは負け続けていたこともあって、色々な変化を加えながら仕事を進めていきました。東芝ブレイブルーパス東京は組織が素晴らしくて、何をすればいいのかが分かっている。選手を見ても、リッチー(・モウンガ)やシャノン(・フリゼル)のような選手がいるのはいいことで、カテゴリーAの選手のクオリティが高いと感じます。優秀なサムライたちがいい刀を持っているので、僕はそれも研ぐことに力を注いでいる、という感じですね」

東芝ブレイブルーパス東京ではFWコーチだが、HCの経験もある。「過去には何回もやっていますが、一番上に立つのはあまり向いていないと思います。様々な場面でリレーションシップを構築する立場が、自分には合っています。ここにはトディをボスとして、優秀なスタッフが揃っていますし」
ラグビー界では様々な国籍の選手が、異なる価値観やバックボーンを持った選手が、同じ目標に向かってプレーする。「私にとって、それは魅力的なことです」とシムジーは語る。
「だからこそ、色々な国へ行き、色々な文化に触れてきました。自分の仕事が他の文化に合うのかどうかを探りながら、仕事をしてきました。たとえば、イタリア人は情熱的です。大きなボディランゲージを交えながら感情を表わして、試合前に感情が高ぶって涙を流す選手もいる。イタリアでは良く叫んでいましたが(笑)、日本ではそうはしません。その国の文化を学びながら、受け入れて、コーチングに落とし込んでいます」
トラベラーのような生活は、「そろそろ終わりにしてもいいですね」と打ち明ける。「可能ならここで、ずっとコーチをしたい」というのが、いまのシムジーの率直な願いだ。

「コーチとしての僕は、リレーションシップ、人間関係を大切にしています。選手たちにキツいこと、大変なことをやってほしいのなら、まず僕自身を信じてもらわないといけない。スタッフ間の関係でも信頼、信用、共有が大事です。すべてはリスペクトの上に成り立つので、そのためにも人間関係を大切にしています。東芝ブレイブルーパス東京では、薫田GMもスタッフもいつも見守ってくれていて、グラウンドを離れたところでもバックアップしてくれています。その恩に報いたい。自分ができることを、チームに捧げたいのです」
コーチの最終的な評価は、結果によって左右される。素晴らしい準備をしても、勝利をつかめなければ厳しい判断が下されることもある。
「なので、未来がどうなるのかは分かりません。それがコーチの人生です。まあ、選手たちに任せますよ(笑)」
最後のひと言は、シムジーなりのユーモアだろう。プロフェッショナルな彼の仕事ぶりがチームと個人を高めているのは、データにもはっきりと表われている。
(文中敬称略)
(ライター:戸塚啓)

【連載企画】東芝ブレイブルーパス東京 「物語り」
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プレーオフ準決勝、神戸S戦は、31-3で勝利し、6/1(日)に国立競技場にて行われる決勝戦に駒を進めることができました。
いよいよシーズン最終戦となる決勝戦となります。
皆さまの熱い応援で会場を赤く染めていただき、連覇に向けてともに戦いましょう!