【物語りVol.16】PR 三上 正貴

 気づいている人は、おそらく少ないだろう。
 しかし、確かな変化なのである。
 昨シーズンまでとは違う三上正貴がいる。
「ここ最近は両ひざが悪くて、テーピングを巻いてプレーしていたんです。けれど、今年は一切巻かずにできるようになりました」
 プレシーズンのトレーニングは、例年以上にハードだった。それでもテーピングを必要としなかったところに、心身の充実ぶりがうかがえる。
「練習がキツいのは間違いないですが、僕のなかでは準備ができていて、段階を踏んでいるので、すごくキツいんですけど、効果が実感できました。急にハードワークをしたわけじゃなく、春からしっかりやってきたことが、いまの身体に出ているかなと。トレーナーの滝田さんをはじめとして、スタッフのみなさんにお世話になっているのは、もちろんあります」

 青森工業高校在籍時に高校日本代表に選出され、東海大学では2年時からレギュラーに定着した。東芝では加入1年目から試合に絡み、22年5月にトップリーグとリーグワン通算で100試合出場を達成した。
 日本代表では13年に初キャップを刻み、15年のラグビーW杯の舞台に立った。「ブライトンの奇跡」と呼ばれた南アフリカ戦にも、背番号1を着けて後半途中までプレーしている。
チーム内はもちろん日本ラグビー界にも、三上ははっきりした足跡を残していると言っていい。その彼にして、いまだ手にしていないものがある。
「大学で日本一を取れなくて、優勝できるチームということで東芝にお世話になることに決めました。でも、まだ味わったことがないんですよね。トップリーグでは12年と16年に、順位決定トーナメントの決勝で負けて」
 三上が話した15―16シーズンのファイナル進出を最後に、東芝は名門としての姿を失っていった。「激しさを売りにする東芝で揉まれれば、日本代表になれる」との思いは現実となったが、日本一になるとの目標は叶っていない。
「成績が振るわなかった時期も、気持ちは全然変わっていないんです。低迷してしまうと、チームの雰囲気はどうしても良くないんですが、選手の勝ちたいという意思は変わっていなくて。みんなが落ち込んで、『どうせ勝てないや』みたいにはならなかった。それは、いまでも変わりません」

 黄金期のチームに息づいていたビクトリーカルチャーを、現在のチームでも感じ取ることはできるのか。三上は間を置かずにうなずいた。
「たとえば、日本代表で長くキャプテンを務めたリーチ(マイケル)がチームを引っ張っているかと言うと、実はそうでもない。一人ひとりの気持ちから出ているものが、つながっているのかなと思います」
 語り口は柔らかい。ソフトな口調は人間的な温かさを感じさせ、それが三上の言葉にしっかりとした輪郭をもたらしている。逞しくて優しく、頼もしくて思いやりがあるのだ。
「まだ日本一になっていないですけど、だからといって気持ちがくじけたことはないんです。それは、東芝のチームカルチャーに合っているからかもしれません。オン・ザ・ピッチは愚直で激しい。オフ・ザ・ピッチは、僕はずっとこのチームにいるので分からないですが、練習参加をした大学生に聞くと、『すごく雰囲気がいい』と言うんですね。僕にとっては当たり前なのですが、この雰囲気は特別なのかなと。仲良し集団ではないけれど、壁がないんですかね。グラウンドでは激しいし、やり合っちゃう。だから、練習が終わったらすっきりするのかもしれません」

 同級生のリーチ マイケルとは、「高校時代の北海道・東北選抜」からの付き合いだ。森太志とも同じタイミングで知り合っている。34歳の経験者は、柔らかい笑みをこぼした。
「長い付き合いですね、ふたりとは。太志のネタならたくさんあるんですけど、ここではお話しないほうがよさそうです」
 ルーパス会の会長に指名されている。チャンピオンを目ざすチームにふさわしい行動を、選手自らが考える目的で作られたのがルーパス会である。就任にあたっては、「たくさんの人に東芝ブレイブルーパス東京を知っていただけるよう、選手と事業側をつないで選手主体のイベントやPR活動などを行なっていきたいです」と、具体的なプランを明かしている。
 オフ・ザ・ピッチでも重要な役割を担っているが、フロントローの第一人者である。プレーヤーとしても、引き続き勝敗の責任を背負う覚悟を固めている。
「一列目は若手が伸びています。木村、原田、小鍜治の3枚がバシっと揃いました。彼らと競い合うことで、僕自身もさらにレベルを上げていくことができると思っています」

 東芝ブレイブルーパス東京の一員として、夢見る景色がある。チームメイトとともにリーグワンを制し、ピッチからスタンドを見上げたい、と願う。
「ブレイバーのみなさんは、スタンドで抱き合っているのかな。それとも、泣いているのかな。とにかく、その瞬間にグラウンドに立っているか、試合のメンバーに入っていたいんです」
 他でもない三上自身も、涙をこぼすかもしれない。
まだ見ぬ景色を追い求めて、34歳の冒険は続く。

(文中敬称略)
(ライター:戸塚啓)

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