【物語りVol.181】ウィル・エグルストン DFコーチ



26年4月21日で34歳になるウィル・エグルストンは、この若さにして15年以上のコーチングキャリアを持つ。言いかたを変えれば、選手として長くプレーすることはできなかった、ということである。

「イングランドのレスターで生まれ、レスター・タイガースでラグビーに打ち込んでいました。17歳のときに肩をケガして、リハビリをして復帰したらまた痛めてしまった。結局、肩の手術を3回も繰り返したんです。ドクターから、『ここ以上ケガを繰り返したら、子どもができても抱けなくなってしまうよ。そろそろラグビーを辞めたほうがいいのでは』と言われました」

ひどく残酷でありながらも親身になったアドバイスを、エグルストンは拒絶した。ラグビーを辞めることはなく、肩の不安から徐々に解放されていった。

そんなある日、相手選手の肘が顔面を襲ってきた。

「頬骨や眼窩底とかを骨折して、顔面が爆発したようになってしまって。2カ月ぐらい左目が見えなくて、さすがにもう選手としては終わりにしよう、と決断したのです」




レスター・タイガースには、選手のセカンドキャリアに関する特筆すべきポリシーがある。ケガが原因で引退を決めた選手については、最初の仕事をサポートすることになっているのだ。

「ケガでチームを離れている時間に、試合の分析をしていました。そういうこともあったので、コーチになる決断をしました。コーチの育成プログラムを受けたあと、10年から15年10月まで育成部門で仕事をしました」

17歳から20歳までをケガとそのリハビリに費やしたエグルストンは、大学で学ぶことができなかった。レスターを離れる機会も限られていた。

もっと広い世界を見てみたい──エグルストンは15年10月にオーストラリアへ降り立つ。シドニーのノーザンサバーブス(Northern Suburbs)で、コーチとしてのキャリアをスタートさせるのだ。

ノーザンサバーブスではサイモン・クロンHCのもとで16年のシュートシールド制覇、17年のオーストラリアクラブ選手権優勝に貢献した。未知の環境で確かな実績を残したエグルストンは、20年1月に極東へ針路を取る。ラグビーW杯の余熱が残る日本で、トヨタ自動車ヴェルブリッツのDFコーチに就いたのだ。

「サイモンがトヨタのHCになったので、一緒にどうかと誘われたのです。ラグビーW杯の盛り上がりをテレビで観ていたので、素晴らしい環境だ、これはいい機会だ、と思いました。サイモンだけでなくスディーブ・ハンセンもいましたので、学ぶことがたくさんありました。マイケル・フーパーやウィリー・ルルーのようなW杯で活躍した選手と、仕事をすることもできました」




クロンHCが22年5月にトヨタを離れると、エグルストンも日本での最初の冒険を終える。同年8月からはスーパーラグビーのウェスタン・フォース(Western Force)のDFコーチに就任した。ここでもクロンHCと共闘とした。

「これはとても難しい判断でした。トヨタに居たときはコロナ禍で、海外への行き来が難しかった。結婚前の妻がシドニーに住んでいたのですが、なかなか会うことができませんでした。彼女との将来を真剣に考える時期でもあり、スーパーラグビーのチームのコーチになれる機会は、誰にでも巡ってくるものではありません。それで、オーストラリアへ行くことにしたのです」

ウェスタン・フォースでの23年1月から25年12月までの仕事ぶりは、各方面から高く評価された。クラブの公式サイトは彼の退任を、「情熱的なコーチとの別れ」と伝えた。

そして、25年8月から東芝ブレイブルーパス東京のDFコーチに就いた。藤井淳アシスタントGM兼採用はエグルストンについて、「冷静で真面目です。日本でコーチングをした経験から、日本のラグビーに対するリスペクトを持った心優しいコーチです」と話す。DFコーチとしての資質については、「我々が積み上げてきたものを理解したうえで、自身の知識を少しずつ加えてより良いものにしていこうとしている」と評価する。





「サイモン・クロンさんと長く仕事をしてきて、ここでトディと仕事ができるチャンスを得ました。いつの日かヘッドコーチになりたいと思っていて、違うコーチ、違うやり方に触れるのは、自分の財産になります」

トディことトッド・ブラックアダーHCと一緒に仕事ができることだけでなく、東芝ブレイブルーパス東京というチームにも惹かれた。クラブの重厚な歴史に魅せられた。

「過去にどんな選手がいて、どれだけタイトルをつかんできたのかを知ることは、これから自分たちがどうするべきかの道しるべになります。先人たちが何を築き上げてきたのかを知れば、自分たちに何が求められるのかを知ることができます」

チームにはワールドクラスの選手がいる。リーチ マイケルやリッチー・モウンガらともに仕事をすることは、「特別な経験のひとつ」と言う。

「リーチもリッチーも、何かを伝える前に自分がやるべきことをしっかりやっている。トヨタの選手だったキアラン・リードもそうでした。自分がどうあるべきか、どうやってチームを牽引するべきかという考えが似ていますね」

 



リーチらの優れたリーダーが継承するカルチャーは、加入1年目のエグルストンにも誇らしいと感じられるものだ。

「このチームはみんなで勝ち、みんなで負ける。誰かのせいで負けた、ということは一切考えない。それは僕にとって、このチームに来て良かったという喜びを感じられる要素でもあります」

ラグビーのコーチという仕事は「ストレスフルですよ」と笑う。「髪の毛も減っていくしね」とまた笑い、「でも、世界で一番の仕事だと思いますよ」と背筋を伸ばした。

「コーチとしてこのレベルでコーチングしたい、あのチームでコーチングしたいというのは一切ないんです。いいコーチングを積み重ねていけば、自分が求めるレベルにいつか達することができると信じています。次のW杯までこのチームのコーチになりたいとか、先を見過ぎずに、今週チームが勝つためにやるべきことをしっかりやる。それが、コーチとして大切にしているものです」

コーチとしての最大の悩みは、「一日が短過ぎる」ことだと言う。

「時間に余裕があると感じたことは、一度たりともありません。ラグビーは絶えず進化しているので、シーズンオフも様々な情報をインプットしないといけないですし」

そう話す表情に、苦悩の色はない。充実感に満ちている。ラグビーとともに過ごす人生を、エグルストンは心から楽しんでいる。



(文中敬称略)
(ライター・戸塚啓)

 



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