【物語りVol.191】WTB ネタニ・ヴァカヤリア



2018年に来日した。BR東京の前身であるリコーの一員となった。

「プロ選手になれるとは思っていなかったところで、エージェントから日本のチームと契約できるチャンスがあるよ、行ってみないかと言われたのです。ただ、そのときはプロ選手としての契約が前提だとは知りませんでした」

母国フィジーはラグビーが国技だ。オリンピックで初めてメダルを、それも金メダルを獲得したのも、7人制ラグビーである。

「フィジーではラグビーをやるのが当たり前で、僕も9歳から始めました。子どもの頃から足は速かったですね」

日本の高校生年代を過ごしたレリーン・メモリアル・スクールは、15人制と13人制のラグビー選手を数多く輩出している。伝統あるチームでスキルを磨き、U20フィジー代表に選出された。

「自分自身、ラグビーについては才能があると感じていました。日本へ行くことは大きなチャレンジでしたが、やってやろうという気持ちでした」



初めての来日だった。両親と3人の兄弟と離れ、言葉も分からない極東でひとり過ごす。ホームシックに陥った時期もあったが、南太平洋出身のチームメイトの存在が支えになった。

「日本のライフスタイルに慣れなければいけないし、言葉も覚えないといけない。大変でしたけれど、すべては時間が解決してくれました」

ラグビーの違いにも直面した。スタイルではなく、レベルの違いに。

「フィジーではアマチュアレベルでしかプレーしていなかったので、プロ選手と一緒にやる環境は当然違いました。練習の映像が撮影され、タブレットで見直してレビューをするとか……初めてのことばかりだったので、戸惑いもありました」

持ち前のスピードと決定力を発揮するのは、22-23シーズンからである。14試合で背番号11を着け、7トライを記録した。翌23-24シーズンも、10試合出場で7トライをゲットしている。24年3月の東芝ブレイブルーパス東京との試合でも、一度は同点に追いつくトライを決めた。24-25シーズンも10試合に出場し、4つのトライをチームにもたらした。




藤井淳アシスタントGM兼採用担当は、ヴァカヤリアを「生粋のフィニッシャー」と表現する。その加入に当たって、「ボールを持ったらワクワクさせてくれる、何かをやってくれると思わせる選手です。スペースへどんどんボールを運ぶ我々のスタイルで、しっかりとスコアしてくれることを期待しています」と話した。

スピード豊かなこのフィジアンは、身体能力も非常に高い。藤井氏は「我々が意識しているオフロードによってどんどんボールを動かすようなこともできる」とも語る。ヴァカヤリア自身、「自分のポテンシャルを最大限に生かせるチームだと思います」と、瞳を輝かせる。

「リーグワンで2連覇を達成したチームですし、僕はこのチームのやりかたをしっかりとフォローして、早くチームに適応することを心がけていきました」



26年2月に28歳になった。ラグビー選手としてのキャリアは、円熟期を迎えている。

「年齢と経験を重ねていくことで、知識が増えましたし、一生懸命にやっているだけでは見えないものが見えるようになってきた、というところもあります。プロ選手としてより良いパフォーマンスを、安定して発揮できるようになりたいと思います。モチベーションですか? 選手としてうまくなりたい。もっとスキルを磨いてチームの勝利に貢献したい、ということですね」

好きな日本語を聞かれると、「ガンバレ」、「ガンバッテ」と答える。「うまくなるためには、もっと頑張らないといけないですからね」と穏やかな表情を浮かべた。

ヴァカヤリアの答えは、どちらかと言うと簡潔だ。実はかなりのシャイなのである。多くを語るのが得意ではないから、自分の気持ちを行動に映し出したいと願う。だから、人生訓も真っすぐで濁りがない。

「ラグビーでも人生でも、何事にも心を込めて取り組む。それだけです」

フィジーには両親と兄、弟、妹がいる。「離れていても、家族の存在は大きいです。家族はいつもそばにいて、ラグビーも9歳で始めてからずっと自分のそばにある。だから、ラグビーも家族と言っていいかもしれません」

圧倒的な走力を見せつける逞しいフィニッシャーは、グラウンドを離れると穏やかで控え目だ。ちょっと武骨な印象を与えるところは、東芝ブレイブルーパス東京の選手らしい。

「このチームの一員であることに、誇りを持っています」

揺るぎない忠誠心を胸に宿すのも、“東芝の漢”ならではだ。


(文中敬称略)
(ライター・戸塚啓)




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