【物語りVol.197】德永祥尭、363日ぶりの復帰から紡ぐ新章(後編)



■肉離れで復帰が遅れても…

リハビリとは、身体の機能を取り戻すための取り組みである。そのプロセスで問われるのは、身体的な頑張りではなく「心の持ちよう」かもしれない。

復帰を急いではいけない。少しでも焦ったら、再発やその他のケガのリスクが忍び寄る。できることが増えても、やり過ぎてはいけない。辛抱強く、忍耐強く、その日を過ごす。

「最初はホンマにずっと同じことしかできなくて、それがしんどかったですね。膝の可動域を取り戻すことから始めて、座りながら真っすぐ伸ばす。伸ばし切ることができたら、次は90度に曲げられるようにする。膝を曲げられないとバイクも漕げない。僕は身体を動かすことが好きなので、思うように動けないのはつらかったですね」

普段どおりに身体を動かすことはできないが、工夫次第で実現可能なトレーニングもある。BKコーチのユアン・マッキントッシュがコミットしてくれた。

「座りながらでもできるメニューとかを用意してくれて。ジャグリングができるようになったんですけど、できないことができたり、うまくできたりすればやっぱり嬉しくて、そういう成功体験をユアンがもたらしてくれた。自分のなかでちょっとずつ上手くなってる、ラグビーじゃないけどできるようになってるという感覚が、1日1日を楽しく過ごせた要因かなと思います」




東芝ブレイブルーパス東京のリーグワン25-26シーズンは、25年12月14日に幕を開けた。チームとは別メニューで調整を続ける德永は、26年1月にチームの練習に合流し、1月末の練習試合で実戦復帰を果たすとの青写真を描いていた。

「でも、12月18日に肉離れしたんです」

日付がすぐに出てくるのは、スマートフォンのアプリに記録しているからだ。

「前十字靭帯のケガには、肉離れがつきものらしくて。色々な人に話を聞くと、前十字靭帯をやるとアライメントが崩れたり、身体のバランスが乱れたりすると。自分もそれまでリハビリをやってきて、やっぱり身体が出力に耐えきれなかったんでしょうね」

すでにスクラムの練習に入っていた。ラインアウトにももう少しで入る、という段階だった。長い、長いトンネルの出口は見えていたから、精神的なダメージを被った。

「まあでも、起きたことはしょうがないと」

当初の予定よりも、戦列復帰は1カ月ほど遅れてしまった。それでも、德永はネガティブな感情は引きずらなかった。誰にだって、うまくいかないことはある。そういう日もある、と受け止めた。





■ケガを恐れて消極的なプレーはしない

戦列復帰を果たしたのは、26年3月28日のS東京ベイ戦である。7番のジャージーを託され、後半16分までプレーした。

試合は7対51で敗れた。德永は「結果は伴わなかったですけど」と悔しさを口にしつつ、「めっちゃ楽しくラグビーできました」と話した。

「363日ぶりのリーグワン復帰で、ここまでホントに長くて大変でしたけど、ここからどんどんアピールして、またメンバーに絡んでいきたいです」

記者の質問への答えに、ユアンのコミットへの感謝を織り交ぜた。さらにもうひとり、アニセ・サムエラの献身性に触れた。25-26シーズンからデベロップメントコーチとなった元チームメイトが、人知れずハードワークをしてくれた。

「ラインアウトでケガをしているので、そこのところの恐怖感を取っていくことがすごく大事で。飛べないところから始まって、ワンハンドキャッチのスキルとか、体幹がブレたときにどうすればいいか、とか。動けるようになってからは、ムーブの中でちゃんと足を運ぶ、正しく運べるように。怖いと歩数が増える。増えるとジャンプまでの到達時間が長くなる。1歩でその場所へ行くのか、2歩でその場所に行くかによって到達時間が違うし、ジャンプのタイミングもズレてしまうんです」

德永が言う時間やタイミングのズレは、時間にすればほんの数秒、距離にすれば数10センチなのだろう。しかし、その数秒が決定的な違いにつながることがある。勝敗は細部に宿るのだ。

「個人によって足の運びが違うだけで、フッカーはすごいプレッシャーになると思います。同じ場所で飛んでいても、違うタイミングで上がってきてるので、点と点を合わせようとした時にずれたりする。僕らのラグビーは、そういうディティールにこだわっているので」




翌週の浦安D戦では、6番を背負った。バイウィークを挟んだ15節からも6番を託され、準々決勝のS東京ベイ戦まで7試合連続で先発に名を連ねたのだった。

恐怖心は、なかったのか。復帰当初はあったけれど、なくなっていったのか。

心の迷いを感じさせることなく、德永は答える。

「もう1回ケガをしてもいいかなというのは、正直あって。100パーセントでやらないと選んでくれたコーチ陣、スタッフ陣、試合に出られないK9のメンバーに申し訳ない。ケガを恐れて消極的なプレーをするつもりはありません。ラグビーなので、何が起こるか分からないじゃないですか。コントロールできないことがあるので、もし切れてしまったらまた頑張ればいいっていう感じです」

伝統あるジャージーを身にまとう以上は、力の出し惜しみなどできるはずはない。東芝ブレイブルーパス東京の一員としての揺るぎない「覚悟」が、恐怖心を拭い去ってくれている。

もちろん、「コントロールできること」に妥協はしない。練習前の準備と練習後のケアには、惜しみなく時間を割く。

「身体のケアにはメッチャ力を入れてます。ケガする前よりケアの回数は増やしています。自分なりのリカバリーのオプションを考えたり、色々なモノを買って試してみたり。練習前後の時間を、長めに持つようにしています。そういうところをちゃんとやっていかないと、もしまたケガをしたときに後悔が勝ってしまう。『あのとき、あれをやっとけば良かった』とは、思いたくないんです」

心に小さな瑕疵がある。違和感を聞き取っていたのに、そのままにしてしまった。

「ケガをする3週間前ぐらいから、膝が内旋しているような感覚があったんです。何か気持ち悪い感覚が、いま思えばケガの予兆があった。もう同じことはしたくない。だからケアはしっかりやっています」



■ラグビーの楽しさを改めて感じて

右膝はまだ、痛みを発している。

「試合をやっているんで、我慢できる痛みですけどね。ケガをする前には、まだ戻ってないですね。足の感覚も鈍いですし、遅れて出る感じは全然あります。前十字靭帯を切った人に聞くと、反射的なところは苦労すると聞きます」

あるチームメイトは、「3年ぐらい違和感が残った。その間はずっと痛かったし、力が入りづらかった」と教えてくれた。

「僕の膝がどうなるのかは分からないですけど、そういうことも覚悟しながらやっています。出力を持てるようになれれば、おのずとパワーはついてくる。いまはケガをする前の自分に戻す作業と、さらに良くする作業を、同時に進めています。スクワットは180キロぐらい持ってましたけど、まだ120ぐらいです。元の身体に戻せるように、オフシーズンはめっちゃ頑張ります」



かつてのチームメイトの言葉を、胸に刻んでいる。20年から23年まで在籍したトディことマッド・トッドの精神性に、強く惹かれた。

「いい習慣がいい人間を作る、と。オフの日はしっかりリカバリーに来るとか、ストレッチをしっかりするとか、そういう積み上げをしていくことで、人として良くなっていけるのかな、と。トディはハードワーカーで、チーム思いで、自分に一番厳しい人でした」

通算100キャップをひとつの目標としている。来シーズン中にも達成可能だ。

「このチームで100キャップを獲った選手は数えるぐらいしかいないですし、それだけ競争率が高いわけで。達成できたらすごく名誉なことです」

自分からラグビーを辞める、とは言わない。「チームからもう要らないと言われたときに、辞めようと思っているんです」と張りのある声で語る。チームに必要とされる限りは、身体を当てる。ためらうことなく、何度でも、当てる。

ほぼ1年も実戦から離れたことで、ラグビーの楽しさを改めて感じている。試合では成功体験があり、反省点がある。そのどちらもが嬉しくて、尊い。気がつけば、翌日の練習を楽しみにしている自分がいる。

細部に目を凝らす眼差しの強さが、德永の「新章」を紡いでいく。



(文中敬称略)
(ライター・戸塚啓)

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