【物語りVol.200】唯一無二のふたつの魂~森太志(前編)



彼らの存在は、チームメイトを優しく包み込んだ。
彼らの存在は、チームメイトに心の落ち着きをもたらした。
彼らの存在は、チームメイトを勇気づけた。
彼らの存在は、チームメイトに責任感を植え付けた。
彼らの存在は、チームメイトに忠誠心を呼び覚ました。
彼らの存在は、チームメイトにジャージーをまとう誇りを伝えた。

在籍年数最長の世代として東芝ブレイブルーパス東京を支えてきた、彼ら──森太志と豊島翔平が、2025-26シーズンを最後に勇退した。チームを愛し、チームに愛され、ONE LUPUSに愛されたふたつの足跡を、彼ら自身の言葉とともに振り返る。







森太志は、東芝のユニフォームを着ている。東芝ブレイブルーパス東京のジャージーではなく、府中事業所で働く人たちのユニフォームを、である。

25-26シーズンを最後に、彼は社員選手から社員となった。

「25-26シーズンが終わって、来季に向けて動いていくチームを見ていると、もうちょっとあそこに居たかったなという気持ちも沸いてきます。ただ、身体的にも気持ち的にも、もうここまでだな、ここが自分の限界なのは間違いないな、っていう気持ちですね」

それで言うと、と言葉をつなぐ。センチメンタルな感情が揺れる話題でも、森の表情に曇りや陰りはない。

「実は開放感もあります。もう毎日、練習のことを考えなくていいんだ、っていう。身体は動かしているんですけど、気持ちよく運動しています」

15年に及ぶキャリアに、後悔はない。ここ数年は一日の尊さを噛み締め、ラグビーと向き合ってきた。

言いよどむことなく、率直な思いを明かしていく。

「僕の実績なんて全然大したことないですけど、もうお腹いっぱいやりました。楽しかったです、ホントに。こんなこと言うのはちょっと恥ずかしいんですけど、この15年間は夢でも見ていたんじゃないかという、そんな感覚です。自分の部署で作業をしていると、すごくいい時間、特別な時間だったんだなって感じます」





クラブから勇退を告げられた森は、まだ小さい長女に「ラグビーをやめてもいいかな?」と聞いた。3歳の娘は笑みを広げながら、「いいよ」と答えてくれた。妻は「お疲れさま」と言ってくれた。

チームメイトには、「あまり、伝えなかったかなあ」と言う。25-26シーズンの東芝ブレイブルーパス東京は、最終盤までプレーオフトーナメント出場を争った。森はいつだって、チームファーストで行動する。目前の試合に集中してもらいたいと、考えたに違いない。

「ジムでふたりきりになったときとかに、山本(浩輝)、德永(祥尭)、(橋本)大吾といったシニアのメンバーには伝えました。同期のリーチ、三上、豊島にも言いました」

森を含めた4人の同期は、多くの言葉を必要としない間柄である。語らずとも、気持ちが通じ合う。

「ふた言、三言ですむ。このときもそうでした。それで分かり合えると、自分では思っています」






東芝でのデビュー戦は、13年9月に飾っている。このシーズンはトップリーグと日本選手権の14試合に、「16」を着けて出場した。

「デビュー戦も覚えていますが、初めて2番を着けた試合は印象深いですね。トヨタ戦だったはずで」

その記憶力は確かだ。14年12月21日に行なわれたトヨタ自動車とのビジターゲームで、森は2番を着けてフル出場している。チームは44対29の勝利を収めた。

「セットプレーもスクラムもうまくいって、ひょっとしたらマン・オブ・ザ・マッチもあるかなって思ったら、そこは自分じゃなくて三上でした」









次にあげたのは、19年のシーズンだった。ラグビーW杯が開催されたこの年は、6月から8月にかけてトップリーグカップが行なわれた。森はプール戦5試合のうち4試合に出場し、プレーオフ準決勝でもスタートのひとりとしてフロントローを担った。

「ケガ人が多かったり、移籍していった選手がいたり、外国人選手が少なかったりで、ちょっとしんどい時期だったと記憶しています。チームとして不安を感じながら臨んだんですけど、みんなで頑張って、思っていたよりいいラグビーができた。それまでの数年はなかなか結果が出ていなくて、チームとして難しい時期を過ごしていたなかで、新しい自信、小さい自信がチームのなかに生まれたカップ戦だったのかな、と。それで、ワールドカップ後のトップリーグの開幕戦で、サントリーと対戦するんですよね」






トディことトッド・ブラックアダーHCのもとで動き出したチームは、20年1月12日に開催されたサントリーサンゴリアスとの府中ダービーで26対19の勝利を収めた。森も2番を背負って戦い、シーズンの白星発進に貢献した。

チームは新型コロナウイルスの感染拡大でリーグ戦が中止されるまで、4勝2敗の成績を収めた。決して短くない雌伏のときを経て、森はチームにポジティブな空気が吹き込まれてきたと自覚したのだろう。だからこそ、短い19年シーズンを印象深いものとして記憶しているに違いない。

記憶に刻まれた試合として、あの一戦も、あげた。



(以下、後編へ)

 



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