【物語りVol.46】CTB セタ・タマニバル
5人兄弟の末っ子で、4人とも姉だ。ラグビー選手だった父にとって、セタは待望の男の子だったのだろう。
「ラグビーを始めたのは6歳からで、父やいとことボールに触りながら、パスやキャッチなどのベーシックなスキルを身につけていきました。僕が育ったのはフィジーの小さな島なので、ラグビーもチームやアカデミーはなく、色々な年齢の子どもたちが一緒にやっていました」
FWだった父はセタに言った。
「プロになるんだぞ」
一度だけではない。様々な場面で、父は同じ言葉を口にした。セタの心のなかに、「プロになる」という思いが刻まれていった。
プロ入りへの道も、父が広げてくれた。
「僕が生まれ育ったフィジーの西側ではなく東側に、ラグビーをやるうえで優れた環境の高校がありました。父はそちらへ行く道筋をつけてくれたのです。そのまま西側でプレーしていたら、その後の僕の人生は違うものになっていたかもしれません」
ラグビー選手としての大きな転換点だったが、当時は家族と離れるという現実が重い。セタ少年は悲しみの涙を流した。
「母はケガをしてほしくないので、ラグビーをするといつも心配をしていました。その母を思い返して、最初の1日目は泣きました。けれど、トップレベルの選手になることを考えれば、家族と離れることは払うべき犠牲だったのだと思います」
果たして、セタはたくましくキャリアを切り開いていくのだ。ニュージーランドのタラナキ・ブルズでプロとしての第一歩を踏み出すとチーフスやクルセイダーズの一員としてスーパーラグビーの舞台に立つ。16年から17年にかけては、オールブラックスにセレクトされた。
東芝ブレイブルーパス東京には、20年度に加入した。
「いま振り返ってみると、1年目は心配事が多かったですね。試合に臨むにあたって、『あそこは大丈夫かな、うまくいくかな』と考えることがありました。クラブは変革を起こしている時期で、選手層は確実に厚くなっていて、チームのレベルは上がってきている。いまはスタートとリザーブの23人を見ても、心配はまったくありません。僕自身、自分の役割に集中できています。チャンピオンになるための材料は、揃っていると思いますよ」
6年ぶりにトップ4に食い込んだ2022シーズンを振り返れば、セタの言葉には確かな説得力がある。そのうえで、チャンピオンの立場をつかみ取るために何が必要だろうか。セタはかつて自身がプレーした現スーパーラグビー王者と、リーグワン初代王者の名前をあげた。
「クルセイダーズも埼玉ワイルドナイツも、毎週同じクオリティの試合をしている。チャンピオンとはそういうチームです。毎週いいプレーをするための一貫性は、求めていきたいところですね。それから、もっと良くなっていきたいというマインドセットです」
そしてまた、セタはクルセイダーズを例にあげた。
「私がプレーしたクルセイダーズには、『毎日よくなっていこう』というマインドセットがありました。今日の練習がどんなに良かったとしても、明日の練習ではそれを越える。そういう思いでやらないといけない。また、いい試合をしたあとで、『もうこれで大丈夫だ』となってはいけません。つねに良くなりたいという思いを持つ。ハングリー精神を忘れずに、どんな小さなことでもいいからもっと良くなっていこう、という思いを持ち続けるべきなのです。そういう意識を持ってプレーしていけば、一貫性はオートマティックに身についていくはずです」
トレーニングでのセタは、声を荒げることがある。チームメイトに厳しく要求をするのだ。
「このチームには素晴らしい人間が揃っています。みんな人柄がいい。ただ、もっと自分たちに厳しくやっていかないといけない。練習で何かが足りないと感じたら、もっと要求していい。そこは、優しくなる必要はありません。僕が怒鳴ったりするのも、このチームにはそれができる能力がある、と期待しているからです」
オールブラックスのジャージを着たことがあり、22年6月には母国フィジーの代表に初選出されたセタに、将来性豊かな選手をあげてもらう。チームに新しい風を吹き込んでいるフレッシュなタレントたちが、経験豊富な彼にも眩しく映っている。
「(松永)拓朗は素晴らしい選手です。このままハードワークをしていけば、ワールドクラスの選手になるのでは。それから、フロントローの3人ですね。木村、原田、小鍛冶はチームの核になっています。ジェイコブとワーナーを含めてFWの5人が25歳以下というのは、チームの将来的な可能性を示しているでしょう。個人的な思いとして、この5人は失いたくない、このチームでできるだけ長くプレーしてほしいですね」
チャンピオンの喜びを知る男だ。
18年のクルセイダーズで、現在もチームメイトのマット・トッド、今秋のW杯後に加入するリッチー・モウンガらとともに、スーパーラグビー優勝の美酒に酔った。
「あの時は、2週間前に子どもが生まれたばかりで、両親がフィジーから応援に来てくれました。色々な意味で嬉しくて、思わず泣きました」
東芝ブレイブルーパス東京がリーグワンを制したら、セタは再び涙を流すのだろうか。30歳のパワフルな経験者は、「そういうことも想像できますね」と笑みをこぼす。
「選手なら不安やストレスで眠れない夜もあります。ラグビー選手だけでなく夫として、父親として、様々な感情にとらわれることがあります。チャンピオンになると、そういったものがすべて報われます。エモーショナルになっても、おかしくないでしょうね」
そして、「みんながハードワークしていますから、チャンピオンになるための材料は揃っています」と繰り返した。チームへの期待感と希望にも似た光が、セタの瞳を眩しく揺らめかせている。
(文中敬称略)
(ライター:戸塚啓)
【連載企画】東芝ブレイブルーパス東京 「物語り」
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