【物語りVol.47】アリスター・ロジャース DFコーチ
コスモポリタンである。ラグビー関係者の活動は国際的になるものだが、アリスター・ロジャースのキャリアはとてもユニークだ。
イギリスのウェールズで生まれ、幼少期は様々なスポーツに触れた。そのなかで、もっとも情熱を注げると感じたのがラグビーだった。
「もしラグビーを仕事にしたいなら、ニュージーランドで経験をしたほうがいいと、父に言われました。21歳のときにニュージーランドでプレーするチャンスを得て、1シーズンだけプレーするつもりで向かったのですが、すごく気に入ったので翌年も残ることにしました。その後、ウェールズでプロになれる機会があったので、一度は戻りました。そのなかでも、ニュージーランドとの行き来は繰り返していました」
生涯の伴侶に出会ったのも、ニュージーランドだった。当時を思い出すように、ロジャースは少し遠くを見つめた。
「妻だけでなく、ニュージーランドという国にも恋に落ちました。色々な側面に興味を惹かれました。そこに住む人々はもちろん、人生に対する考えかたにも共感しました。妻はニュージーランド出身で、子どももニュージーランドで生まれましたので、ごく自然にニュージーランドに住むことになりました」
31歳で現役にピリオドを打ち、アイルランドで1年間コーチを務めた。その後、ニュージーランドのクラブでビデオアナリストの仕事に就く。そして、08年3月にオールブラックスのパフォーマンスアナリストに就任した。
「大学でコンピューターサイエンスを学んでいたので、アナリストになるチャンスを得ることができました。自分がラッキーだったのは、プロ選手としてのスキルセットを持っていて、テクノロジーに触れていた。それから、コーチングをした経験がありました。この三つが揃っていたのはラッキーでした」
オールブラックスのスタッフとして、11年と15年のワールドカップ優勝の歓喜に浸った。並行してスーパーラグビーのハリケーンズで、ディフェンス部門のテクニカルアドバイザーを務めた。
「オールブラックスの歴史のなかでも、最高の時期にチームに携わることができました。毎日が学びの機会でした。学ぶスピードも加速し、凝縮された日々でもありました。世界でもっとも優れたコーチ陣、選手たちと仕事をすることができたのです。彼らがどういう計画を立てて準備を進め、スキルを実行するのかを、間近で見ることができました」
その後はスーパーラグビーのブルーズでディフェンスコーチを務め、18年10月から19年末まではサモア代表のディフェンスコーチを務めた。サモアを離れた後は、中国の女子セブンズ代表ディフェンスコーチに着任した。キャリアに空白期間を作ることなく、ロジャースは様々な国を渡り歩いていった。
「違う環境に身を置くことは、成長につながると思っています。カンフォートゾーンから抜け出すことが、学びにつながります。たとえば、オールブラックスでうまくいったやり方が、サモア代表でもうまくいくとは限りません。カンフォートゾーンから抜け出して、指導者としての引き出しを増やす。それは、人間としての成長にもつながります。つねに完璧にはならないし、ときには悪い経験もするでしょう。それが大事なのだと思います」
日本には20年6月にやってきた。横浜キヤノンイーグルスにディフェンスコーチとして招かれ、21年8月から東芝ブレイブルーパス東京のスタッフ入りした。
「日本に来ることに、ためらいはなかったですね。19年のW杯を含めて来たことはあり、人々との交流を楽しんでいました。日本人選手たちがハードワークしてくれることも知っていましたし、つねに成長したいというメンタリティで練習に取り組むことも知っていました。ですから、日本で仕事を始められることを、すごく楽しみにしていました」
ラグビーチームは多様性の色濃い組織だ。様々なバックボーンを持つスタッフと選手が共存している。ディフェンスコーチのロジャースも、あらゆる角度から選手にアプローチする。
「一番大事にしているのは関係性です。できる限り選手を理解するように努めて、選手が自分のポテンシャルに気づけるような助言や手助けをして、ベストなパフォーマンスを発揮できるようにする。ひとつのやりかたが全員に機能することはなく、異なる個性に合わせてベストな対応を心がけます。その意味でも、選手一人ひとりを理解することが大切になります。どういう考えかたをしていて、どういうやりかたをすれば、その選手の力を引き出せるのかを考えるのが、私の仕事の大きなチャレンジです」
オールブラックスでウイニングカルチャーに触れたロジャースは、東芝ブレイブルーパス東京のカルチャーをどのように感じているのだろう。「ポジティブな印象ですよ」と口元を緩めた。
「力強い文化を持っています。トッド・ブラックアダーHCは素晴らしい仕事をしていますし、マネージメントスタッフもしっかりしている。カルチャーについては、ベテランの選手が作ってくれていると思います。コーチングスタッフとベテランの認識が一致していて、チーム全体に一体感がありますよね。それから、ハードワークする部分と楽しむ部分のバランスが取れています」
東芝ブレイブルーパス東京は、日本一になるという明確な野心を抱いている。ロジャースはもう一歩先を見据える。
「もちろん王者になりたいです。ただ、一度王者になるだけでなく、成功を継続できるようにしたい、ブレイブルーパスが王者になり続けられる手助けをしたい、成功が持続可能になるようにしたい、というのが私の望みです。ここにいる選手、スタッフは、そうした成功をつかみとるに値する人たちですから」
週末の試合で、選手たちがポテンシャルを発揮できるように。
勝利に結びつく準備を提供するために。
自らの知見を総動員して、ロジャースは最適解を探し続ける。
(文中敬称略)
(ライター:戸塚啓)
【連載企画】東芝ブレイブルーパス東京 「物語り」
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