【物語りVol.89】FL シャノン・フリゼル

 シャノン・フリゼルという稀有な才能は、トンガの小さな村で芽吹いた。
「子どもの頃はラグビーだけでなく、サッカーとか色々なスポーツをやっていました。そのなかのひとつとして、ラグビーを楽しんでいました」
 フリゼル少年は、ほっそりとした体型だった。サッカーではGKを定位置とし、U-17トンガ代表としてオセアニア地区の国際大会に出場したこともある。
「トンガには大きな選手がたくさんいるので、必ずしも自分が一番大きかった、というわけではなかったですね。痩せていて贅肉がないタイプで、高校生になると身長は高くなりましたが、まだガッシリとはしていなかったです」
 11年からラグビーに本格的に取り組むと、14年にU20トンガ代表にピックアップされる。翌15年にニュージーランドへわたり、タスマンと育成契約を結んだ。
「ニュージーランド移住後はラグビーのトレーニングをするようになり、徐々に身体が大きくなっていきました。当時はプロになりたいとか国際試合に出たいと考えていたわけでなく、楽しみながらラグビーをしていました」
 視座を高める出逢いにも恵まれた。ピュアなメンタルでラグビーを楽しむフリゼルの心に、少しずつ芯が通っていくのである。
「ハイスクールのコーチがニュージーランドへ連れていってくれて、タスマンでプレーしているときに何度も話しました。『将来はどのチームでプレーしたいんだ? キミはオールブラックスを目ざすべきだ』と言われました。オールブラックスに選ばれたいという気持ちはもちろんありましたが、そういったことを強く意識するわけではなく、楽しみながらハードワークをしていきました」

 タスマンで力を蓄えたフリゼルは、18年にハイランダーズの一員としてスーパーラグビーにデビューする。少年時代から変わらない競技を楽しむ気持ちが、類まれな潜在能力を育んでいった。
「スーパーラグビーは世界最高と言っていいリーグですから、そのなかで楽しみながら、ワクワクとした気持ちでプレーしていました。同時に、オールブラックスに選ばれることも可能だと、思えるようになっていきました。ハイランダーズにはオールブラックスの選手がいましたし、対戦相手にももちろんいましたから、夢が実現へ向かっていく感覚がありました」
 吉報はすぐに届く。スーパーラグビーへのデビューからおよそ2カ月後には、オールブラックスのジャージに袖を通すのである。
「18年のスーパーラグビーの試合を終えて更衣室に戻ると、当時のオールブラックスのマネジャーから連絡がありました。6月にフランスがニュージーランドへツアーに来て、テストマッチを3試合することになり、オールブラックスの合宿に参加することになったのです」
 フリゼルのオールブラックス入りを、メディアは驚きを持って伝えた。他でもない彼自身も、ざわつく気持ちを抑えながらチームに合流する。それでも、フランスとの3試合目で初キャップを獲得したのだった。
 翌19年には、ワールドカップのスコッド入りを果たす。選手の入れ替えによる招集だったが、4試合に出場してカナダ戦でトライを決めた。
 23年のワールドカップにも、2大会連続で歴史と伝統が染み込む黒いジャージをまとった。フランスの地で5試合に先発出場し、チームにパワーと勢いをもたらした。
「ラグビーを楽しむ姿勢は、ワールドカップのような大会を経験したいまでも変わりません。試合前は緊張もします。それが悪いことだとは思っていなくて、いい緊張感に包まれることでピリッとします。エンジンがかかる、と言えばいいでしょうか。自分は重要な試合になるほど緊張感によって集中できて、いいプレーができるタイプなんですね。試合開始を告げる笛が鳴ったら、もうまったく問題なくプレーできます」
 ワールドカップの結果については、冷静に受け止めている。19年は準決勝で敗れ、23年はファイナルで涙をのんだ。
「ニュージーランドのファンはガッカリしたでしょうが、23年の決勝で南アフリカが負けていたら、彼らのファンもがっかりしたでしょう。どのチームも優勝したいと思っているわけで、優勝できずに終わったのは精神的に厳しいものがありました。けれど、ポジティブに考えれば決勝まで勝ち上がることができたわけです。もっと悪い結果になる可能性もあったとも考えられますし、27年にまたワールドカップはやってきますから」

 メンタルのコントロールについては、「自分にはいいサポートシステムがあります」と笑みをこぼす。屈強なラガーマンの表情が、穏やかな色に染まっていく。
「妻と息子が私の支えになってくれています。ラグビーに関する問題はできる限りフィールド上に、クラブハウスにとどめて、家へ帰ったら自分が『いま』を過ごせるように、自分の心が家族とともにあるように、と努めています。そのうえで言えば、物事がうまくいかなくても、自分は完璧な存在ではなく、失敗はあって当然だと考えます。それを踏まえて前へ進んでいくことが大事だと思うのです」
 悲観的な思考を遠ざけるのは、自分自身を客観的に見つめているからでもある。等身大で自分と向き合っているのだ。
「こうしてラグビーができているのは、ホントにありがたいことです。私のような立場でプレーしたい、と思っている人が何百人といるなかで、こうやってプロフェッショナルとしてプレーできていることに感謝しています」

 東芝ブレイブルーパス東京では、国際レベルのフィジカルを生かしてチームに欠かせない存在となっている。同時に、「人を育てる」チームカルチャーにふさわしい人材でもある。
「チームには異なったレベルの選手がいます。大卒1年目の選手や加入から数年の選手もいれば、日本代表として国際試合に出場している選手もいます。彼らは互いに助け合っています。自分やモウンガは、大学を卒業したばかりの若い選手が、より良い選手になるための手助けをしたいと思っています。このチームにはラグビーを真剣に楽しめる環境があり、双方向で良好な関係が築けていると思います」
 装飾も虚飾もない言葉に、フリゼルの心が映し出されている。「双方向」の言葉どおりに、彼自身も学びを得ているという。
「若い選手を見ていると、プロとしての姿勢は自分たちが同じ年齢だったときよりも、しっかりとしている。それは私にとってすごくいい学びになっています」
 東芝ブレイブルーパス東京で成し遂げたいことを問われると、迷わずに「優勝したいです」と答える。そして、強い決意を明かした。
「長い間在籍したいです。リーチ マイケルのように、長くこのチームにいられるような選手になりたいですね。継続して成功をつかんで、何回もチャンピオンを経験したいです」
 期待感と情熱、闘争心と意欲を意味する炎が、フリゼルの身体で燃え上がっている。圧倒的なまでの熱量を持って、大きくなっている。

(文中敬称略)
(ライター:戸塚啓)


【連載企画】東芝ブレイブルーパス東京 「物語り」
・物語り一覧はこちら


【チケット情報】
1/7(日)は昨季チャンピオンであるクボタスピアーズ船橋・東京ベイとの対決となります。プレーオフトーナメント進出に向け、決して負けられない戦いとなりますので、皆様のご声援をよろしくお願いいたします。
1/7(日)クボタスピアーズ船橋・東京ベイ戦(@等々力陸上競技場)
※当日券も会場にて販売いたします(12:00~)

関連リンク

LINK

パートナー

PARTNER

このページのトップへ