【物語りVol.95】PR 葛西 拓斗

 葛西拓斗の名前は、一度、表舞台から消えている。
 千葉県の強豪校・流通経済大学付属柏高校で3年時にキャプテンを務め、花園で同校史上初のベスト4へチームを牽引した。高校日本代表にも名を連ね、有力選手として明治大学へ進学する。
 大学でもすぐにデビューを飾った。5月に行なわれた春季大会で、伝統の紫紺のジャージに袖を通すのである。同期のなかでは2番目だった。
 すべてが順調だった。眩しいほどの未来が、葛西を待ち受けているはずだった。
 と、こ、ろ、が──。
「5月の試合に出た後、夏に腰を痛めて練習に加わることができなくなりました。明治大学はAチームとBチームが分かれて練習するのですが、同い年の選手が僕と入れ替わりで上がったんです。1年生の終わりぐらいには、その選手が上のチームに定着しました。僕は2年生になっても、なかなか戻ることができませんでした」
 ケガは治っている。プレーはできている。
 あとは、練習からアピールするだけだ。
 それなのに、葛西の心には穴が空いてしまっている。ラグビー部の日常から切り離された世界に、閉じこもっていた。
「ラグビーがうまくいかないことに対して、色々な言い訳をして、自分自身の弱いところから逃げ続けてしまいました。『オレが通用する部分はあるのに』とか、『遊んでるアイツが出るのが気に食わない』とか、ホントにどうしようもない言い訳を並べて、自分は出られないと決めつけて。その結果、もう無気力というか、どうでもいいや、というような感じになっていました」
 駒澤大学ラグビー部の監督を務めていた父の影響で、「ものごころがつくまえからラグビーボールが家にある」環境で育った。幼少期には水泳やサッカーにも取り組んだが、「すべての中心はラグビー」という生活を過ごしてきた。
 大好きなラグビーに、真剣に取り組めない。100キロを超える巨漢を、縮こまらせるように過ごした。
「苦しいのはもちろんで、生き甲斐が何ひとつないんです。ラグビーで大学に入っているし、ラグビーが自分のすべてなのに、自分でその道を諦めている。何のために生きているのか、分からなくなっている。毎日が地獄というか、まったく笑えないですし、何も楽しくなかったというか……」

 朝が来るたびに、忌避感に襲われる。
 夜が深まるたびに、絶望の淵に立った。
 やめたいという四文字が、脳裏に浮かぶ。輪郭を帯びる。心の奥深くまで、刻印されていく。本当にラグビーをやめることができたら、どんなに楽だっただろう。
 抜け殻のようになっている葛西を、彼の周りの人たちは見放さなかった。見捨てなかった。それぞれのやりかたで、葛西を支えようとしたのである。
「ホントにいろんな人たちが、いろんな声がけとか、いろんな角度から、心配をしてくれました。一緒に頑張ろうぜと言ってくれる同期がいれば、何も言わないでゲームをしてくれたりする先輩や後輩がいました。他の大学の選手が、『葛西、何してんだ、それでいいのか』と真っ直ぐに言ってくれたこともありました。それでホントに少しずつ、少しずつ、という感じですかね。それでも、3年生の終わりぐらいまでは、どうでも良くなっていました」
 3年生の終わりではなく、3年の途中から少しずつ変わった、とも言う。3年の後半から、とも言った。はっきりとした区切りがあったわけではなく、明確なきっかけを得たわけでもなく、いつからか、どこからか、葛西の心は動いていった。
 少しずつ、本当に少しずつ、前へ。
「気持ちの変化は少しずつあって、徐々に、徐々に、変わっていった……変わっていったではないですね、少しずつ自分の弱いところを受け入れていった、ということです。自分が通用していないのは事実なのだから、ひとつずつやっていこうと、ベクトルがだんだんと自分に向き出して」
 自分の弱さから目を逸らさなくなったが、止まっていたキャリアがすぐに再生されるわけではない。試合に絡めないまま、時間が過ぎていく。リーグワンのチームからリクルートされるはずもないと思っていたが、東芝ブレイブルーパス東京から声がかかった。
「ホントに早い段階で声をかけていただいて。信じられなかったというか、耳を疑ったというか。僕自身はもちろん、周りがびっくりしたと思います。試合に出ていない選手ですから。それも僕の実力ではなく、色々な人が関わってくれたおかげなんです」

 ラグビー少年だった当時から、東芝ブレイブルーパス東京に親しみを抱いていた。トップリーグの試合で、ボールボーイをしたこともある。選手がスタンドへ投げ入れるサイン入りボールが、いまも実家に保管されている。
「声をかけていただいたあとで、府中へ行って練習を見学しました。最初に感じたのは、人間的にすごく温かい人たちが集まっていて、すごく情熱があるなあと」
 チームの一員になったいまは、日常の様々な場面で「温もり」に触れている。葛西の表情が生き生きとする。
「先輩たちが色々と教えてくださるので、自分にはもったいないほどの環境に身を置かせてもらっています。上下関係はありますけど、みんながひとつになっている。みなさんをホントに尊敬しているなかで、一個上の(原田)衛さんと(木村)星南さんにはプライベートでもお世話になっています。ハードワークのしかたが少しずつ形になってきているのは、おふたりのおかげです」
 先輩たちの優しさが、熱意が、かけ値なしに嬉しい。感謝の思いをプレーで表現したくて、葛西は練習に打ち込む。
「僕はいま1番なので、スクラムが使命というか仕事で、フロントローの先輩たちが教えてくださるので、1回、1回、感謝しながら吸収して、早く成長していかなきゃ、と毎日感じています。自分はラグビーのスキルもウエイトの数値もすべてにおいて一番下で、できないことばかりでホントに悔しい気持ちを抱えながら、できないことをしっかりと受け入れて。悔しさをしっかりと受け止めて、毎日考えながらやっています。うまくなりたいですし、強くなりたいんです」
 感情の奔流に踊らされることなく、目ざすべき一点を見つめていく。葛西の心に迷いは生じない。
「ラグビーがうまくなりたい、試合に出たい、活躍したいというのはもちろんですが、それ以前に人として強くなりたい、人として成長したいと思ってきました。人間として強く大きくなりたくて、そのために真面目に目の前のことに向き合って、自分の弱いところから逃げない。逃げたらラグビー選手として弱くなりますし、強くなれないし、人間としても弱い、ダサい人間になっちゃう。そうならないように、自分の姿から目を逸らさずに生きたいと思います」
 東芝ブレイブルーパス東京の選手として、初キャップを獲得したら。葛西は誰に感謝の思いを伝えたいのだろう。「いやあ、難しいですねえ」と言いながらも、表情は柔らかい。嬉しそうでもある。
「いままで支えてくださった人たち全員に、感謝を伝えたいですね。あのまったく試合に出られなかった4年間に感謝すると言ったらおかしいですけれど、それがあってのいまだと思っています。ずっと試合に出ていくのが理想ですが、僕の人生はそうではない。だから無駄だったわけではなく、プラスに変えるのもいまの自分次第。自分の弱いところと向き合って、これからもやっていきたいと思います」
 将来の役に立たないと考えたくなる思い出も、消し去りたい過去も、いつかきっと色づく。
 いまこの瞬間、葛西は変わり続けている。

(文中敬称略)
(ライター:戸塚啓)


【連載企画】東芝ブレイブルーパス東京 「物語り」
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【試合情報】
2/24(土)はホストゲームとして、秩父宮ラグビー場にて横浜キヤノンイーグルスと対決します!
チームは6連勝!この勢いのままにプレーオフに向け勝利を重ねていきます!
ぜひ皆様のご声援をよろしくお願いいたします。

2/24(土) vs横浜キヤノンイーグルス(@秩父宮ラグビー場)

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