NTT LEAGUE ONE 2023-24 PLAY-OFFS
STORY of FINAL
(前編)


緊張と興奮の先に


 ホーンはすでに鳴っていた。
 しかし、試合はまだ終わらない。
 埼玉ワイルドナイツのマリカ・コロインベテに、三上正貴が低く鋭いタックルを突き刺す。ブレイクダウンにいち早く加わったジョネ・ナイカブラが、ジャッカルに成功する。主審の笛が鳴る。
 24対20──もう、スコアは動かない。
 ここから先の数10秒は、甘く愛おしい時間だっただろう。
 赤いユニフォームを着た東芝ブレイブルーパス東京の選手たちが、ぶつかり合うように抱き合う。
 もう、自分を追い込まなくてもいい。
 もう、自分を解放してもいい。
 もう、感情を爆発させてもいい。
 キャプテンのリーチマイケルは、ヘッドキャップを外した。
 誰もがこの瞬間を思い描いて、ずっと頑張ってきた。
 誰もがこの瞬間を現実にするために、妥協も打算も排除してきた。
 大切な人たちに、最高の報告ができる。
 大切な人たちの、最高の笑顔を見ることができる。
 様々な感情に全身を揺さぶられながら、選手たちはきつく、固い抱擁をかわし、お互いを讃え合った。
 リッチー・モウンガが、ボールを蹴り出す。
 直後、主審が先ほどよりも長い笛を吹いた──。

5月24日(金)決勝前公開練習
 NTT ジャパンラグビー リーグワン 2023-24 プレーオフトーナメント決勝を2日後に控えた5月24日、東芝ブレイブルーパス東京は練習を公開した。たくさんのOBが汗を流し、ときには涙をこぼしたグラウンドで、選手たちは埼玉WK戦との決戦へ向けた最終準備を進めていった。
 練習を終えた松永拓朗は、「すごく楽しみです」と切り出した。
「いまのところはプレッシャーも緊張もありません。試合になったらもう、楽しむだけなので。プレッシャーもきっとあるでしょうけど、せっかくなので楽しまないともったいないと思います」
 昨シーズンのプレーオフ決勝は、ひとりの観客として足を運んだ。独特の空気感や緊張感に触れ、「次こそは」との思いを燃やしてきた。
「特別感のある舞台でした。やっぱり国立でやりたいなっていうのを実感したので、すごく楽しみですね」
 ワーナー・ディアンズも、国立競技場でのプレーを楽しみにしていた。日本代表の一員として22年7月にフランスと15対20の接戦を繰り広げ、同年10月にはオールブラックスに31対38と食らいついた舞台には、「いいイメージがあります」と頼もしい。
「2試合とも負けたけど、自分なりにいいパフォーマンスが出せたので」
 だからといって、必要以上に気持ちが前のめりになることはない。
「日本一を決める試合なので、ただの1試合ではないけど、あまり意識しないようにしています。何か特別なことをするのではなく、自分の仕事をしっかりやって、チームに貢献したいです」
 優勝への意欲をはっきりと口にしたのは、キャプテンのリーチ マイケルだ。「一度も日本一になったことがないので」と、笑みをこぼした。優勝を強く求めるのは、チームの未来を考えてのことでもある。
「若い選手もたくさんいるので、このチャンスをモノにして、いい流れを作りたいんです」
 東芝ブレイブルーパス東京は「チームマン」の集団だ。自分のためではなくチームのために行動する。チームのために身体を張る、という文化が脈々と受け継がれてきた。
 佐々木剛が言った。
「準決勝のあとで、眞野泰地と話したんです。決勝に勝ってリーチさんの喜ぶ顔が見たいよなって。トディ(トッド・ブラックアダーHC)を胴上げしたいよなって」

LO ワーナー・ディアンズ
FL 佐々木 剛

 利他の心を大切にする文化を作り上げてきたひとりに、在籍13年目の森太志がいる。溢れるほどの「東芝愛」を胸に秘める36歳は、2009-10シーズン以来の日本一を目前に控えても気持ちが揺れていない。チームメイトとともに積み重ねてきた日々を、心に、瞳に、しっかりと刻み込んできたからだ。
「長いこと決勝戦にいけてなかったからどうこうではなく、チームのみんなが純粋にすごくいい1年間を過ごしてきました。そのなかでもホントにすごいスタンダードで努力を続けた選手たちが、試合に出てきました。 強いな、プレーオフに行くだろうなと思いながらの日々だったので、決勝に進んだことに対しての達成感みたいなものはないんです」
 森自身は開幕節と第5節でメンバー入りした。公式戦のグラウンドに立ったことでまた、チームのスタンダードの高さを再確認した。
「練習のほうが肉体的なダメージがすごいんです。やっぱりこのメンバーは強いです」
 森の視線の先では、眞野泰地が取材に応じていた。準決勝でセタ・タマニバルのケガにより急きょメンバー入りし、前半途中から出場して試合の流れに乗っていった。驚くべきはその日の午前中に、K9と呼ぶメンバー外の練習に参加していたことである。
「泰地なら練習したあとでも大丈夫だろうな、と思って見ていました。彼だけでなく試合に出ている選手たちは、『あれだけ努力をして、毎日をああいうふうに過ごしていたら、それはやっぱり活躍するだろうな』と思わせてくれるんです」
 森が語る言葉の一つひとつは、はっきりとした熱と誠実さを帯びている。己のすべてをチームに捧げる男は、いつだって情熱の灯火を燃やしているのだ。
「トディが来てからみんなで作り上げてきたものが形になっている、という実感があります。試合に出ている選手は自信を持ってグラウンドに立っていて、その自信は厳しい練習をしてきたという自負によるもの。決勝を戦うチームを見られるのが幸せで、僕は勝つと信じています」

HO 森 太志

 チームに関わる一人ひとりが、自分の役割を果たしてきた。チームの勝利のために何ができるのかを、「自分事」として考えてきた。
 東京SGとの準決勝で、中尾隼太が給水担当としてグラウンド脇に控えた。藤田貴大アシスタントコーチとその役を担ってきたダン・ボーデンBKコーチが、15人制男子トレーニングスコッドのコーチに就任したからだった。
「ダン・ボーデンコーチがいなくなって、トディからその役割を与えられました。自分の仕事をしっかり全うしよう、ということだけを考えていました」
 給水を担当すると同時に、ティーキャリアーの仕事も任された。試合中はスタンドから見守るトッドHCらと絶えず通信し、選手たちに情報を伝えていった。
「レポートが色々入るので、どのタイミングで誰に、何を言うかというのをしっかり頭のなかで理解するようにしました。キックティーを持っていくときも、キッカーが蹴りやすいようにしながらメッセージをしっかり伝えなきゃいけない。リッチーには彼のルーティンを崩さないように、キックが終わった後にメッセージを伝える、ドリンクは水ではなくスポーツドリンクにする、蹴った後の5秒から10秒の間にレポートをしっかり伝える、といったことを心がけました」
 決勝戦でも同じ役割を担うかと聞かれると、「たぶん、そうなるかなと思います」と答えた。中尾の瞳の奥で、光が静かに揺らめいた。

SO 中尾 隼太

■5月25日(土) 決勝戦前日
 翌25日、決勝戦の試合会場となる国立競技場でプレマッチカンファレスが行なわれた。東芝ブレイブルーパス東京と埼玉WKのHCと主将が、4人同時に記者会見場に並んだ。
 トッドHCは、落ち着いた表情で思いを明かす。
「優勝するチャンスつかむために、選手たちはすごく努力してきています。素晴らしいラグビーをしながら学びと教訓を得て、ここまで来ることができています。素晴らしい観客の前で、素晴らしい2チームが対戦する。本当にワクワクします」
 リーチもリラックスしている。前日の練習後は「ワクワクも緊張もありますね」と話していたが、いつもどおりの彼がいる。
「14年ぶりの優勝を、楽しみにしています。チャレンジするマインドセットでやっていきたい」
 明日の試合で起こってほしくないことを聞かれると、「自分のレッドカードだけは起きてほしくないです」と答え、記者会見場に笑いを誘った。「そうなってもカバーしてくれると思います」と続け、チームメイトへの信頼も口にした。
 17時過ぎに始まった記者会見は、18時前に終了した。
 国立競技場が、静寂に包まれていく。
 明日のこの時間には、決着がついている。

(文中敬称略・後編へ続く)
(ライター:戸塚啓)

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NTT LEAGUE ONE 2023-24 PLAY-OFFS「STORY of FINAL(後編)」


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