【物語りVol.178】WTB 岡村 優太


岡村優太のラグビーキャリアは、ドラマティックで疾走感に富んでいる。
 神奈川県鎌倉市の出身で、小学校1年でラグビーに出会った。
「たしか小学校の入学式で、鎌倉ラグビースクールの方がチラシを配っていたんです。それを見て一度体験して、そのまま入りました。身体を動かすことが好きで、足も速かったので、楽しく遊んでいたみたいな感じでしたね」
 そのままラグビーを続けていくが、小学校4年で舞台は大きく転換する。父親の海外赴任に伴って、イタリア北部の港町ジェノバで生活することになるのだ。地元のクラブ『クス・ジェノバ(CUS GENOVA』でプレーした。
 中学入学とともに神奈川県へ戻り、関東学院六浦中学へ進学する。関東大学ラグビーのリーグ戦グループに所属する大学を頂点に、中学から一貫した指導をしている環境へ飛び込んだ。
 ここでまた、父親がイギリスへ転勤する。父は単身で赴任する予定だったが、岡村はラグビー発祥の地へ向かう。
「ラグビーが強いところでやりたい、という気持ちでした。向こうはやっぱり身体が大きくて、僕は身体が小さいので中学生年代でも体格差がありました。でも、スキルには自信があったので、そこでチームに認めてもらう部分もありました」
 中学2年の2学期から卒業までをイギリスで過ごし、高校入学とともに帰国した。大阪府の東海大学付属大阪仰星高校へ進学するのである
「イギリスでラグビーを特訓して、日本の高校へ進もうと決めていました。日本にいないので強豪校から声をかけていただくようなことはなかったのですが、ふたつの高校の監督とお話する機会を得て、練習会に参加しました。どちらへ行こうかギリギリまで悩んだんですが、僕が中学3年時に花園で優勝した仰星に決めました」





日本一をターゲットとする全国的な強豪である。たくさんの部員が、高水準の競争を繰り広げていた。岡村はなかなか試合に絡めないまま、最終学年を迎えようとしていた。
「高校2年から3年へ向かう冬がコロナ禍で、練習ができなくなって自宅へ戻っていた時期がありました。そこで自分に何が足りないのかを考えて、身体を大きくしてスピードをつけたいということで、砂浜ダッシュに取り組みました」
 鎌倉の自宅近くの砂浜で走り込み、食事の量を増やした。筋トレも欠かさなかった。およそ2か月後にチームの活動が再開されると、岡村は周囲の驚きを誘う。
「体重は70キロから85キロまで増えました。ベンチプレスは100キロぐらいしか上げられなかったのが、130キロぐらいまで上げられるようになりました」
 パワーアップをはかりつつ、持ち味のスピードも増した。試合に絡めるようになった。3年時には花園の芝生を踏みしめ、2回戦の佐賀工業高校戦でトライも決めた。
「高校ではやり切った気持ちはありました。仰星に入った時点で東海大学へ行くと決めていたので、高いモチベーションでずっとやることができていました。東海は地元の神奈川にキャンパスのある大学でもありますし」
 大学では1年時からBチームの公式戦に出場した。2年生の春からは、Aチームに名を連ねていく。
「同じポジションに花園Lへ行った中川湧眞がいて、僕が11番で彼が14番を着けて、ふたりで切磋琢磨してきました」



東芝ブレイブルーパス東京とのファーストコンタクトは、大学3年の終わりから大学4年になってすぐのタイミングだった。トライアウトの意味合いを持つ練習会に1週間ほど参加し、「これから試合でも見ていく」と言われた。好感触である。
 ところが、フィニッシャーとしての決定力を見てもらうことは叶わない。膝をケガしてしまうのである。
「大きなケガではなかったんですが、4年生の春は試合に出られなくて。そのあと再受傷してしまったり、で。それまで調子が悪いと感じたことはあまりなかったのですが、4年のときはなかなか……自分本来のプレーができないことがありました」
 ケガを繰り返すと、恐怖が心に貼りつく。痛みの記憶が頭のなかを巡り、ためらいや戸惑いを生み出す。思い切ったプレーができなくなる。
「そこはもう、自分を信じてやるしかないだろうと。あまり考え過ぎずに、またケガをしてもしょうがないぐらいの気持ちでやっていきました。(採用担当の藤井)淳さんからもアドバイスをもらったりして、徐々に自分の調子が上がっていきました」




4年秋の関東大学リーグ戦では、6試合に出場して8トライを決めた。2025年の新加入選手のひとりとして、25年2月にアーリーエントリーで登録された。
「改めて考えると、ラグビーを始めたころから東芝のレプリカジャージーを着ていました。実際にチームに入ってみると、やはりレベルが高い。先輩のアドバイスを積極的に聞いて、学ぶことができています。自分なりの武器をしっかり確立して、足りないスキルはコーチ陣と一緒に練習して高めていきたい」
 小林洋平、日吉健、木戸大志郎の同期3人は、いずれもFWである。「刺激をもらっていますが、バックスは僕ひとりなのでちょっと寂しかったですね」と笑い、「(同じ2002年生まれの)ティージェイが入ってきたので、彼とは良く食事に行きます」とまた穏やかな笑みをこぼす。
 ブレイブルーパスの一員として過ごすなかで、岡村のフィジカルとメンタルは確実にチューンナップされている。「純粋にラグビーが好きというのが、自分のモチベーションです。このチームのジャージーを着て、試合で活躍できるようになっていきたいです」と、静かに闘志を燃やす。
 そのラインブレイクで、トライで。チームを前に進める存在となる。


(文中敬称略)
(ライター・戸塚啓)


 



次戦のホストゲームは、4/5(日)13:00より大和ハウスプレミストドーム(北海道)にて、浦安D-Rocksと対戦します。
北海道でのホストゲームとなりますが、ONE LUPUSの皆さまのたくさんのご来場をお待ちしております!!

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