【物語りVol.2】荒岡義和 「ただただ、悔しかった」

 心の中で、何かが爆ぜた。
 それまで閉じられていた感情の扉が、あの日、開かれた。
 2022年5月21日、東芝ブレイブルーパス東京株式会社代表取締役社長の荒岡義和は、リーグワンプレーオフトーナメント準決勝の試合会場へ足を運んだ。東京サントリーサンゴリアスを相手に後半途中までリードしたが、24対30で敗れてしまった。
 試合後、荒岡はひとりで帰路に就いた。新大阪から新幹線に乗り、ひと息つく。花園ラグビー場で感じた余熱が、身体のなかでまだくすぶっている。
 荒岡は21年4月の人事異動で、ラグビー新リーグ参入準備室ゼネラルマネジャーとなった。8月2日の新会社設立とともに、代表取締役社長に肩書を変えた。それまでラグビーとはまったく縁がなかったため、ルールの解説書を買い、プレシーズンマッチからグラウンドに足を運んだ。絶対に外せない仕事がない限りは、すべての試合を観ることを自らに課した。
 選手の名前をすっかり覚えた頃には、自分なりの興味を見つけられるようになった。チームの変化を感じ取ることもできている。何よりも、ラグビーという競技に魅せられていった。
 どうして負けたのだろう。何が足りなかったのだろう。
 荒岡は自問自答した。様々な場面が記憶のなかで立ち上がり、感情が揺さぶられる。
 涙が、こぼれてきた。
「お酒を飲んでいたこともあってか、涙が溢れて止まらなかったんです。負けた原因を考えていくうちに、クラブのトップを任されている自分が、本気でリーグワンのトップを目ざしていなかったんじゃないか。口では言っていたけれど、そういう意思が弱かったんじゃないか。きちんとビジョンを持っていなかったんじゃないか。突き詰めれば自分がダメだったんじゃないか、というところへ行き着きました。自分自身がやれることをやり切ったかというと、そこまでではなかったのだろうと」
 悔し涙をこぼすのは、もちろん初めてではない。
 ただ、バレーボールに打ち込んだ学生時代に、勝敗に一喜一憂して流したものとは明らかに種類が違った。駆け出しの営業部員だった当時に、ライバルに仕事を取られたり、取引先から手厳しい言葉を浴びせられたりして、歯がゆさを噛み締めながら流したものとも違うのだ。
「あの時の感情を、どう表現したらいいのか……学生時代のように、勝敗に純粋に反応して感情が揺れたわけではないんです。打算とか大人の事情でもない。ただただ、悔しかった。このままじゃダメだ、と思わされました」
 胸の中で渦巻く思いを、GMの薫田真広にラインで伝えた。絵文字も感嘆符もないメッセージには、荒岡の率直な思いがつづられている。
「今さらながら火がついた気がする。我々なりのやり方で、取り組み方が世界有数のクラブを目ざしたい。連綿と後進たちに引き継げるクラブに」

 それまでラグビーと関わりのなかった荒岡は、なぜここまでブレイブルーパスに熱い思いを注ぐようになったのか。
 1965年生まれの彼にとって、ブレイブルーパスの選手たちは自身の子どもに近い世代だ。親のような気持ちで接していると、自然と応援する姿勢に熱が入った。
 選手たちはいつでもひたむきに、はつらつと、全力で楕円球を追いかけている。ラグビーに真摯に取り組む姿勢にも、胸を強く打たれた。
 ラグビーという競技が持つ精神性にも惹かれている。8月15日の会見では、「言葉遣いが正しいかどうか分からないのですが、まるで武士道、武道みたいなものを感じて、どんどん感情移入していきました」と話した。
「日本古来の柔道、剣道、相撲道などには、様式美や形式美といったものがありますよね。ラグビーはそのような明確な形はとっていないけれど、それに近い礼節やマインドを感じるんです。武道や武術は、自分の技や力で相手を傷つけることもできる。けれど、スポーツとして成立させるために、ルールに基づいて自分を律している。抑制をしているわけですよね。ラグビーも同じなのでは。乱暴なこともできるけど、決してそういうことはしない。ゲームが成立するために、選手たちはルールを守る義務を負っていて、そのなかでチームを勝たせるための自己犠牲を厭わない。それは、武士道や武道に通じるところがあるのでは、と感じるんです」
 荒岡がピッチ上の攻防から読み取る精神性は、ノーサイドの精神に通じることもあるのだろう。「そうかもしれませんね」と、小さく頷いた。
「小競り合いが起こることはあるけれど、誰かを故意に傷つけるようなことは許さないし、そうならないようなマインドでやっているのでしょうね」
 選手たちの奮闘に呼応するように、試合中の荒岡はかなり前のめりだ。一つひとつのプレーに身体が反応していく。
「試合を観ていると思わず力が入って、知らず知らずのうちに足を踏ん張ったりしているんですよね。声を出しちゃいけないのに、マスク越しに思わず声が漏れてしまったり。試合後の消耗度はすごく激しいですね」
 日常的にラグビーを観戦している方なら、同じような経験があるに違いない。いまの荒岡なら、ラグビーの素晴らしさをためらうことなくあげることができるはずだ。

 代表取締役社長として2度目のシーズンが、8月中旬からスタートしている。荒岡は6年ぶりのベスト4入りを果たした昨シーズンを「スタート地点」と位置づけ、「世界有数のユニークなクラブを目ざす」と宣言した。
「リーグ優勝はもちろん目ざしますが、求めているのは強さだけではありません。唯一無二のユニークなクラブ、世界有数のユニークなクラブを目ざしていきます」
 ユニークというキーワードに、もう少し輪郭を与えると──荒岡は迷うことなく答える。
「自分たちで考えて、仕事を進めていくことでしょうか。何もなければ真似から入っていいけれど、何かを真似するのはリーグワン1年目で終わりなんです。少しずつ変えるのか、大きく変えるのかという違いはあるけれど、1年間やってきたことを土台として、2シーズン目は考えて作っていく。そうすれば、他のクラブとの違いが出てくる。似てしまう場合があるかもしれないけど、革新的じゃなくても付加価値が高いものに変えていったり、そこにいる人たちにベターなものに変えていったりとか、そういうことを絶え間なくやっていかないといけない、と思っています」
 その先にあるのは、チームカラーが鮮明なクラブである。
「外から見た人に『ブレイブルーパスはこんなチームだよね』と分かってもらって、『じゃあ、観に行こう』と思ってもらえるようにする。強さも追求しながらも、色のあるクラブにしたいですね」
 ラグビーは番狂わせが起こりにくいスポーツと言われるが、あらかじめ勝利を約束することはできない。それだけに、負けてもなお観客を満足させることは大切になる。結果に関係なく「次もまた観に行こう」と思わせる試合ができるのか、だ。
「ただ優勝を目ざすだけではなくユニークとなれば、強ければいいという意味合いではなくなります。ブレイブルーパスとしての特徴を打ち出していくことは、経営の安定にも資するでしょうし」
 あの日灯った炎は、荒岡の心で静かに、しっかりと燃えている。
(ライター:戸塚 啓)


東芝ブレイブルーパス東京では、ファンの皆さまにクラブのことをより知っていただくために、今シーズンからライターの戸塚啓さんにご協力いただき、様々な物語を発信していく予定です。
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【物語りVol.3】 それぞれの立場でハードワークを

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